東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime25Number1



館長就任挨拶
2020年度の総合研究博物館

西秋良宏(館長・本館教授/先史考古学)

 1996年の開館以来、総合研究博物館は全国初の本格的なユニヴァーシティ・ミュージアムとして発展をとげてきました。1965年に創設された総合研究資料館を基にして本郷キャンパスの片隅に生まれた小さな施設ではありますが、この間、活動の舞台は大いに拡がっています。2001年には小石川分館(理学系研究科附属植物園内)が加わり、2010年には丸の内のインターメディアテク(日本郵便株式会社Kitteビル内)、2014年には文京区東京ドームシティTenQにある太陽系博物学リサーチセンター(株式会社東京ドーム)の運営も始まりました。これらを総称して4館体制と呼んでいます。加えて、2012年から始まったモバイルミュージアム事業が、さらなる拡がりをもたらしています。テンポラリーなものとは言え、国内外100箇所以上に総合研究博物館の研究成果を展示する場を設けるに至りました。
 このような発展、存在感を導かれた歴代館長をはじめとする諸先生方、関係各位には大いに敬意を表する所存です。世界最先端の研究教育を遂行する大学の一部局であり、同時に、それを社会に発信する窓口でもあるべき博物館。難しい立ち位置を見事に切り開いてこられました。本年4月に館長に就任した私にとって、これを維持、発展させることは容易なことではなく、身が引き締まるというのが正直な感想です。引きつづき、関係するみなさまのお力添えをお願いするよりありません。
 総合研究博物館が抱える問題にはスペースの狭隘化、専任教職員の不足など、多々ありますが、2020年度に関して言えば、新型コロナウィルス感染症拡大の問題について考えないわけにはいかないでしょう。研究者や学生の移動、キャンパスへの入構、他者との接触などが広範に制限されている現況は、フィールドに出かけてモノ標本を集めて、研究し、その成果を教育に活かし、また来館者におみせする、というこれまでの大学博物館活動の根幹を直撃しています。現下の状況が長引く可能性もある中、柔軟な対応を考えていかねばなりません。そして、それは単なる当座しのぎのものではなく、向後の総合研究博物館の発展につながる対応にしたいところです。
 東京大学では、コロナ禍以前から、来たるべきSociety 5.0にふさわしい大学活動の推進をとなえていました(東京大学ホームページ)。ヒトの歴史の最初期にあたる狩猟採集社会を1.0とすれば、2.0は農耕牧畜の時代、3.0は産業革命以降の工業社会、4.0は現在の情報社会、そして、次代が5.0なのだそうです。Society 5.0は、情報通信技術をフルに活用して「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより経済発展と社会的課題の解決を両立することを目的とする、人間中心の社会」だと言います (内閣府ホームページ)。事実、コロナ禍が深刻になった今春以降、オンラインによる講義や会議、テレワーク、インターネットを最大限に活用した社会発信など、国がめざす社会の有り様を具現化する試みが学内で急速に進展しています。
 デジタル、ヴァーチャル、サイバー等々の技術がさらに喧伝される社会が登場しつつある今、どのように博物館活動を進めていくかを考える必要があります。総合研究博物館発足当時、私たちが「デジタル・ミュージアム」というコンセプトを掲げていたことを、覚えておられる方がどれほどいらっしゃるでしょうか。当時、産声をあげつつあった情報社会(Society 4.0)における博物館活動を先導するという実験をおこなったのです。スマホもなく、インターネットすら普及していなかった頃においては、ずいぶん先端的試みでありました。
 標本のデジタル修復や展示場のヴァーチャル・ツアー等々、博物館活動へのさまざまな提案をおこないましたが、いつの頃からか、そのことをあえて強調することをしなくなりました。そうした技術が急速に社会に普及、定着していったからです。一方で、デジタル情報の利用がますます容易になる中、逆に、実際のモノ標本を扱う研究者でしか成し得ない研究教育発信活動を維持・強化せねばならないという意識がいっそう強くなった事情もあります。実物を収集し、直接研究する者の育成なくしてデジタル情報は生み出しがたいという認識です。
 思えば、サイバーとフィジカル、揺れと揺り戻しを私たちは経験したのでしょう。「融合」を目指すという次の時代になっても、サイバー空間でできることとフィジカル空間でしかできないことの本質を十分に理解し、実標本(モノ)そのもの、そしてその研究の魅力を最大限に伝えられる博物館でありたいと考えています。


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ウズベキスタンで遺跡調査中の筆者.専門はSociety1.0と2.0,およびその移行期の社会の考古学的研究です.