国際交流協定締結
ボローニャ大学附属博物館のご紹介
上野恵理子(本館インターメディアテク寄付研究部門/特任研究員)
この度、当館は大学間の交流を広げるべく、ボローニャ大学附属博物館(SMA)[Sistema Museale di Ateneo]と国際交流協定を2020年8月25日に締結した。
1088年設立のボローニャ大学は欧州最古の総合大学といわれ、約千年の歴史を持つ世界で最も権威のある大学の一つである。最近で言えばウンベルト・エーコが教鞭をとっていた大学として有名だ。大学院生時代に読んだエーコの著書『ウンベルト・エーコの文体練習[Diario Minimo]』(和田忠彦訳、新潮社)を思い出す。大学教授であったエーコは、ユーモアをふんだんに交えながら論文の書き方の基本を教えてくれる。文章を得意としない学生には分かりやすい語り口で、読み終えた時には、さあ自分も書いてみるかと思えるほどの人間味ある彼の文章を今も忘れない。個人的な思い出はさておき、ボローニャ大学附属博物館(SMA)のご紹介をしたい。
SMAは、ボローニャ大学に属する15の博物館(デジタルミュージアムを含む)とそのコレクションのネットワークを束ねる組織である※。学内の独立した機関として、大学の多様な学術遺産を、設立以来行われてきた教育と研究活動の成果として社会に還元し、その文化的価値を生み出すことを目的としている。
SMAは各分野の教授および専門家によるサポートのもと、ディレクター1名、研究者1名、スタッフ16名、ボランティア35名というメンバーで構成されている。また、属する各博物館はボローニャ市内に点在し、担当教授が専任で配属されている。ボローニャ市内に点在する大小14の博物館では、コレクションを保存・管理・展示するだけでなく、それに関する新たな知識を生み出すための活動を行っている。
筆者は2017年より、金子仁久氏(本学医学部標本室・博士[薬学]/医学教育学)の全面的な協力のもと、医学部の新出資料である医学解剖学教育用掛図の調査研究を行ってきた。その一環として2019年10月、ボローニャ大学へ調査に出向いた。ボローニャ大学には15の博物館が属するが、その中から筆者が訪れた2つの館をここで紹介したい。
パラッツォ・ポッジ博物館[Museo di Palazzo Poggi]は、18世紀から科学芸術研究所として使われていた建物に、地理学、航海学、軍事建築、物理学、自然史、化学、人体解剖学および産科に関するコレクションと、ウリッセ・アルドロヴァンディ[Ulisse Aldrovandi(1522−1605年)]博物館旧蔵のコレクションを所蔵している。訪問した際に特に興味深かったのは、軍事建築や軍事機器の巨大な設計図である(図1)。それらは、多分野のコレクションとともに同じ展示空間の中で当たり前のように公開されている。学術機関における軍事資料の公開をめぐって、軍事研究が推進される今日の日本でも様々な意見が交わされ、最終的に公開に至らない事例もある。しばし、この図面らを眺めながら、大学博物館の使命として学術遺産を公開する真摯な姿勢に感銘を受けた。
次に調査で訪問した医学解剖学ワックス・コレクション[Collezione dell Cere Anatomiche "Luigi Cattaneo"]は、生化学部の建物の2階にある一室で保存・公開されている(図2)。18−9世紀の人体解剖ワックス標本および病理学ワックス標本を中心に、人骨のほか、医学解剖図や関連する書籍を展示公開している。このワックス標本の特徴は、実際の人骨を使い、筋肉や皮膚部分を表現するためにワックスを加えた制作方法である。病理学の分野では、奇形、皮膚病、突然変異症状を学ぶための標本群がある。立体標本の隣に、立体標本をそのまま平面的に描かれた図が並んでいる。医学生は、献体による実物の人体解剖、人体模型、そして図(解剖図、組織図など)という3つの視覚的な媒体から医学を学んでいる。展示されていた図においては、人骨や奇形の胎児が繊細に美しく描かれていることが印象的であった。
最後にボローニャ大学初の大学棟をご紹介する。当時、複数の建物に分散されていた法学部(民事法、教会法学)と学芸学部(哲学、医学、数学、物理学、自然科学)とを1つの建物に統合する目的で1563年に大学棟として建てられたのがアルキジンナジオ館[Archiginnasio]である。今も残されているボローニャ大学旧教室のうち、解剖学教室(戦災を受け、再現修復されている)、旧大講堂と一部の旧教室には市立図書館が入り、これら2階部分が主に一般公開されている。残りの旧教室部分は大学や財団の空間として活用されている。
アルキジンナジオ館には、歴代教授らの銘文や記念碑、学生たちの名前や学生組合の浮彫り紋章が列柱廊の壁面に刻印されており、ヴォールト天井や講堂内の壁面天井、大階段にも所狭しとこれらの装飾が配されている(図3)。ボローニャ大学が積み重ねてきた学問の重みを強烈に感じられる驚異的な場である。その大いなる学術遺産を保有する附属博物館との交流を通じてどのようなことが双方ともにできるのか楽しみである。
※ ボローニャ大学附属博物館(SMA)は、以下の15の博物館から成る組織である。
1. パラッツォ・ポッジ博物館
2. ヨーロッパ学生博物館
3. 天文博物館
4. 動物学コレクション
5. 比較解剖学コレクション
6. 地質学コレクション「ジョバンニカペリーニ博物館」
7.「ジャコモ・シアミシャン」化学コレクション
8. 地質学コレクション「ジョバンニカペリーニ博物館」
9. 鉱物学コレクション「ルイージ・ボンビッチ博物館」
10. 医学解剖学ワックス・コレクション
11. 物理学コレクション
12. 植物園と植物標本コレクション
13. 家畜動物の解剖学コレクションョン
14. アレッサンドリーニ・エルコラーニ」病理解剖学・獣医奇形学のコレクション
15. デジタルミュージアム
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