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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime26Number1



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貝の不思議展

佐々木猛智(本館准教授/古生物学)

 東京大学総合研究博物館と文京区教育センターの連携事業として「貝の不思議」展を2021年6月1日から10月2日の期間で開催している(図1・2)。この企画は、博物館の標本を活用して一般および学校の生徒を対象に学習の機会を提供することを目的としており、夏休み期間中に講演会を4回開催する。
 貝に関する展示や講演は過去にも開催したことがあるが、その過程で多くの質問を受けてきた。特に多い質問を選ぶと、貝はなぜ種数が多いのですか?、貝は貝殻をどのように作るのですか?、熱帯の貝はなぜ美しいのですか?、貝の寿命はどれくらいですか?の4点である。これらの質問は答えに窮することが多い。専門家同士の質疑応答であればこのような質問を受ける可能性が低いが、一般の方にとっては最初に思い浮かぶ疑問である。このような質問を想定しなければならないことが、一般向けの展示公開事業の難しい点であり、興味深い点でもある。
 今回の展示では上述の4つの質問に答える際に実際に用いることを想定して展示物を選定している。
 (1)種の多様性:貝は地球上で昆虫に次いで2番目に繁栄している動物であり、海洋での多様性は第一位である。種類が多いことは、多様な環境に適応できていることが要因のひとつである。しかしなぜ貝類が多様な環境に適応できるのか、種数が少ない他の動物群とは何が異なるのかは説明が難しい。
 長い間世界の貝の種数は10万種と言われていた。しかし、最近ではしばしば20万種とされており、以前より多く見積もられるようになってきている。これは推定値であり大雑把な値である。しかし、生物種のデータベースが詳細に作成されるようになり、未知のものまで入れると10万種では収まらないと考えられるようになってきた。貝は深海や微小貝のようにまだまだ調査不十分のものがあり、未発見の種が多く存在すると考えられる。
 貝類は、海、淡水、陸のすべての環境に生息しており、深海のような極限環境にも存在している。そして、様々な環境に適応した結果、生活様式にも多様性が生じている。例えば、食性は、肉食、植物食(藻食・草食)、プランクトン食(濾過食)のものが多く、その他に、雑食、腐肉食、堆積物食、木材食、寄生、細菌共生などがある。また、繁殖様式は、性別(雌雄異体、雌雄同体、性転換)と受精様式(体外受精、体内受精)の組み合わせによって多様化している。
 (2)貝殻の作り方:貝がどのような反応を経て貝殻を分泌しているかという点は容易に説明できない。貝殻の成分は炭酸カルシウム(95%以上)と少量の有機物(5%以下)である。炭酸カルシウムは、カルシウム、炭素、酸素からできており、全て地球上に極めてありふれた元素であり、材料には困らない。一方、有機物の方は複雑である。最近の研究では、1種の貝殻から100種類以上のタンパク質が抽出されている。100種類以上のタンパク質が関わる反応であるとすれば、貝殻の形成は極めて複雑な反応であり、その反応経路の解明は容易ではない。しかも、貝の種類によって貝殻に含まれるタンパク質に大きな違いあることも報告されており、1種の貝で貝殻形成の反応過程を解明できたとしてもそれは全ての貝殻を説明できるものではないと予想される。
 貝殻の理解を複雑にしている要因のひとつは微細構造である。貝殻は複数の殻層でできており、それぞれが形の異なる結晶でできていることが多い。ひとつの貝殻の中で層ごとに結晶をどのように作り分けることができるのか謎である。
 (3)色と模様:熱帯の貝はなぜ美しいのか。これは貝類だけではなく、魚類、鳥類、昆虫等多くの生物にも当てはまる疑問である。高度な眼を持つ動物の場合には、識別を容易にする機能があると説明されている。特に熱帯域では多数の類似種が混在しており、そのような環境では区別の容易な色や模様が進化しやすいと考えられる。しかし、貝類にはこのような説明は成立しない。貝は他の動物より眼の発達が悪く、色や模様を識別できていない可能性が考えられる。また、生きている時の状態を見ると貝殻の表面に厚い有機質の殻皮を被る種が多く、海藻や泥に覆われることにより、色や模様は隠されていることが多い。また、夜行性の種は視覚に頼らず行動しているが、そのような種にも派手な模様を持つものがある。さらに、二枚貝にも美しい色彩を持つものがいるが、多くの種は堆積物中に埋没して生活しており、そのような場合は視覚的は効果は無い。  (4)大きさと寿命:大きさと寿命の関係は多くの人が興味を持つ話題である。しかし、貝類の大多数の種は寿命が分かっていない。
 寿命を調べる方法は大きく分けて4つある。(a)野外観察や飼育で誕生から死亡まで直接確認する。 (b)マーキングして野外に放した個体を再捕獲し、一定時間内での成長量を調べることによって、生涯の成長を推定する。(c)定期的に多数個体を採取し、サイズ分布を見ることにより、年齢の異なるグループ(年級群)を区別し寿命を推定する。(d)貝殻の成長線に沿って酸素同位体比の変動パターンを調べる。酸素同位体比の値には水温変動が記録されていることが経験的に知られており、高水温時(夏)と低水温時(冬)に形成された部位を特定することで年齢を推定する。これらの方法にはそれぞれ長所と短所がある。(a)は観察や飼育が容易な種に限られ、(b)(c)は一定の時間間隔で繰り返し行う必要があり、(d)は最も精度が高いが多数の個体のデータを得るには手間やコストがかかる。
 貝類の大きさには驚異的な多様性がある。現在生きている貝類で最も大きなものはオオシャコガイで、標準的な個体は1m前後のものが多いが、最大サイズは137cmが記録されている。一方、巻貝で最も大きい種はアラフラオオニシで72cm、化石まで含めると最大級のものはアンモナイトの大型種で約2mである。逆に微小な種では最大サイズが1mm以下が種があり、日本産のミジンワダチガイは約0.6mmである。
 貝の寿命と大きさの間には明確な関係性はないと考えられる。小さな貝でもゆっくり成長すれば長寿になるからである。現時点での貝類の寿命の最長記録はアイスランドガイで507年であるが、大きさは10cm程度で貝類では小さい方に属する。最大種のオオシャコガイが最大で何年生きているかは研究されていない。オオシャコガイは恐らく長寿であるが、あまりにもサイズが大きいため研究は容易ではない。
 ヒトの寿命の平均値は、国や地域によって差が生じるだけでなく性別によっても異なっている。また、平均寿命と最大寿命の値には大きな差がある。貝類の寿命にも同様の個体差があり、沢山の個体を調べて変異を把握する必要があり、研究には時間がかかる。

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図1 貝の不思議展の展示会場.

図2 展示ケースに敷き詰められたオウムガイ標本.