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    シマネミズキの珪化木。原資料標本(TI00012951)。島根県安濃郡久手町羽根西(現 大田市石見大田) 1941 年採集。新生代第三紀中新世前期

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    亘理博士のノート。ノートには島根県久手町安濃郡羽根西(現 大田市石見大田)で採集したNo. 64406について、「Cynoxylon ノ如キモノ (Cornus?) Cornoxylon sp. a」と記している

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    シマネミズキの原記載に用いられた図。横断面 (A) と接線断面 (B)

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B20
珪化木
亘理俊次博士が記載したシマネミズキ

日本列島には新生代第三紀中新世の緑色凝灰岩(グリーンタフ)が広範に分布する。そこには大量の材化石が含まれており、この材化石の研究は日本列島の森林植生及び植物相の変遷史を明らかにする上で重要な鍵となる。亘理俊次博士 (1906–1993) が、それまでほとんど誰も手を付けていなかったグリーンタフ地域の材化石研究に着手したのは、日本が世界大戦へつき進みつつあった1940年である。八戸で太平洋に注ぐ馬淵川の上流とその支流である根反川、平糠川の一帯(岩手県二戸郡一戸町)には珪化木が多産する。なかでもこの地域で最大の直立樹幹が国の特別天然記念物「根反の大珪化木」として指定されており、またこの一帯が「姉帯小鳥谷根反の珪化木地帯」として国の天然記念物となっている。亘理博士がこの地を訪れたのは1940年(昭和15年)の6月で、1936年に国の天然記念物となっていた「根反の大珪化木」を始め多数の珪化木サンプルを採集している。その樹種を1941年に発表し、この結果を受けて大珪化木のみならず、「姉帯小鳥谷根反の珪化木地帯」全体が天然記念物になったいきさつがある。亘理博士は1940年の岩手に続いて、1941年8月に島根県の安濃郡羽根西村と邇摩郡仁万村(両地とも現在は大田市)の海岸で珪化木調査を行った。羽根西の海に架かる橋のような大珪化木は1936年に国の天然記念物に指定されており、それと共に周辺にある多数の珪化木、その他個人の庭に置いてあるものなどもサンプリングした。そうした中にあったのがNo. 64406のシマネミズキである。亘理博士は当初この同定に難渋したらしく、「Cynoxylonノ如キモノ(Cornus?)」としている。後に赤字で「Cornoxylon sp. a」とし、最終的には「Cornoxylon simanense, sp. nov.」としてカバノキ属のBetulinium hanenishiense、ニレ属のUlminium Wakimizui、キリ属のPaulownioxylon hondoenseとともに1948年に発表している (Watari 1948)。ここで注目すべきは、岩手の珪化木が1940年の試料採取の翌年には論文になっているのに対し、島根の珪化木は7年もかかっていることである。その理由として、一つには太平洋戦争に突入し、そして敗戦・戦後という社会状況にあって満足な研究が出来なかったこと、そしてもうひとつには島根の珪化木が岩手のように「同定がたやすい」樹種ではなかったことが挙げられる。これは上記のPaulownioxylonや後になってアワブキ科のMeliosma Oldhami、ブドウ科のLeea eojaponica、クルミ科のCarya protojaponicaなどといった「馴染みのない」樹種を順次発表していることからもみてとれる。なお、亘理博士は1949年以降は特別な理由がない限りは形態属(材化石ではCornoxylonなどの現生属名Cornus+xylon, Ulminiumなど現生属名Ulmus+niumなど)の使用を止めている。これはその材化石が間違いなく現生属の範疇に入るものは現生属の名の下に記載すべきであるという彼が到達した理念に基づくもので、彼自身1952年の論文では過去の形態属の下に記載した学名を現生属に組み替えを行っている (Watari 1952)。「特別な理由」にあたるものとしては、例えば材構造では個々の属が識別できないクスノキ科の化石についてLauriniumを用い、スギ科の材化石についてはTaxodioxylonを用いている例がある。

亘理博士の材化石研究は、地域としては北海道から九州まで、時代としてはジュラ紀〜第四紀更新世までの広がりがあり、日本の木材化石研究の盤石をなしたと言える。各地で珪化木が天然記念物として保存・展示されているが、その多くの樹種を明らかにしたのは亘理博士であると考えて差し支えない。 (鈴木三男)

参考文献 References

Watari, S. (1948) Studies on the fossil woods from the Tertiary of Japan. V. Fossil woods from the Lower Miocene of Hanenishi, Shimane Prefecture. Japanese Journal of Botany 13: 503–518.

Watari, S. (1952) Dicotyledonous woods from the Miocene along Japan-sea side of Honshu. Journal of the Faulty of Science, the University of Tokyo, Sect III (Botany) 6: 97–134.