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土器に残された虫の圧痕
レプリカ法による古環境の復元
考古遺物の多くは人工物だが、そこに残るのはヒトの活動痕跡だけでない。特に土器は軟らかい粘土を主な素材とするため、たとえ偶然の産物であっても、焼き上げるまでの製作工程で混入した様々な物の痕跡を認めうることがある。植物の断片、虫、貝、骨などが代表的な例であり、これらは多くの場合、圧痕として残される。そして、当時の環境を知る大きな手掛かりを与えてくれる。
日本の考古学界において、土器に残された圧痕の研究は明治年間からの伝統がある。ただし、従来は籾・米や一部の虫など、判別しやすい圧痕をそのまま観察する手法が主流であった。より詳しい同定ができるほど細かな形が残っているとは考えられていなかったようだ。
ところが、丑野 毅(元本学文化人類学研究室)が開発したレプリカ法は、特殊な印象材を用いて数ミクロン単位もの分解能で形どりすることを可能にした。これにより、圧痕の形状は電子顕微鏡を要するまでに微細で、想像以上に豊かな情報を留めていることが分かった。
ここでは、丑野が採取した昆虫圧痕のレプリカと元の土器片を紹介する。石神台遺跡の縄文時代後期の土器片に残されていたのは、コクゾウムシの圧痕である。かつては水稲耕作とともに大陸から渡来したと言われていたイネ科穀物の害虫であるが、圧痕からそれ以前の縄文時代より生息していた事実が判明した。葎生遺跡の縄文時代後~晩期の土器片には、シギゾウムシ類の幼虫と思しき圧痕が残されている。主に9~10月ごろ堅果類を喰い荒らす虫で、ドングリや栗などを重要な食料資源にしていた縄文人にとって身近な存在だったに違いない。干からびず丸々と肥えた姿から、土器づくりの際に生きたまま入り込んだと思われる。つまり、この土器が作られた季節は秋であった可能性が高い。1970年代に発掘された中尾遺跡では、平安時代の須恵器片を転用して作られた硯に虫の圧痕がみつかった。カミキリムシ科の一種とされていたが、近年レプリカ法を試みたところ、ヨツボシカミキリと同定することができた。一昔前はそれほど珍しくなかったが、今では絶滅が危惧される虫である。 (小髙敬寛)
参考文献 References
丑野 毅・田川裕美(1991)「レプリカ法による土器圧痕の観察」『考古学と自然科学』24:13–36。