G10
ケウエ洞窟
小型石器を使ったネアンデルタール
洪積世人類遺跡調査団はレバノンでも洞窟発掘をおこなっている(代表:鈴木 尚)。ドゥアラと同じく、1967年の広域踏査で発見された遺跡の一つ、ケウエ洞窟である。地中海性気候の石灰岩山地帯に位置している。周囲は石灰岩が風化してできた赤土、いわゆるテラロッサで覆われている。
発掘は1970年に一シーズンだけおこなわれた。洞窟というよりは岩陰とよぶべきもので、幅14m、奥行きは3mほどしかない小さな遺跡である。中期旧石器時代末頃の堆積が見つかった。ここでも人骨化石が期待されたが、見つからなかった。しかしながら、出土した石器群は、アムッド洞窟で見つかったのと同じ後期レヴァント地方ムステリアン・インダストリーであって、ネアンデルタール人が残したものと考えられる。
興味深いのは、石器がこの時代のものとしてはたいへん小型だったことである。展示品にあるように、石核などは大人の親指の爪くらいになるまで用いられているし、主要石器あるルヴァロワ剥片も平均すると長さが3cmほどしかない。発掘を指揮した渡辺仁はマイクロ・ムステリアン石器群とよんだ。
この種の小型石器群は中期旧石器時代後半の地中海沿岸地域でいくらか報告されている。ただし、少なくともレヴァント地方においては何らかの文化伝統を示すと言うよりは、利用できる原石のサイズや集団の居住状況の反映であったようにみえる。ケウエ洞窟の場合、手前のワディで得られた原石が小さかったことが理由だったのだろう。むしろ、そのように小型の石器を製作し、使いこなしたネアンデルタール人らの器用さを評価すべきものである。長さが3cmほどしかないルヴァロワ尖頭器を効果的に用いるには、柄装着の技術がしっかりしていなくてはならない。
一緒に見つかった動物化石にはシカやウシなど湿潤な地中海沿岸域らしい動物相が含まれている一方、クマも目立つ。小形尖頭器でそれらのクマを狩猟できたかどうかは疑わしい。クマもこの洞窟の住人の一部だったのだろう。 (西秋良宏)
参考文献 References
Nishiaki, Y. & Copeland, L. (1992) Keoue Cave, Northen Lebanon and its place in the Levantine Mousterian context. In: The Evolution and Dispersal of Modern Humans in Asia, edited by Akazawa, T. et al., pp. 107–127. Tokyo: Hokusensha.
Watanabe, H. (1970) The excavations at Keoue Cave, Lebanon: an interim report. Bulletin de la Musée de Beyrouth 23: 205–214.