東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime13Number2



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ダマスカス首都祭「神々の誕生」展

西秋良宏(本館教授/先史考古学)
 2008年の8月20日から30日まで、シリア=アラブ共和国の国立ダマスカス博物館で約9000年前の大形女性土偶(女神像)の展示をおこなった(図1)。この土偶は、筆者のチームが2004年の秋、テル・セクル・アル・アヘイマルという遺跡で発掘した考古遺物で、シリア考古遺産庁との協定のもと2006年の11月以来、総合研究博物館で借用していたものである。焼いてない日干しの土偶であってたいへんもろかったこと、この時代には前例がないほど大きい作品であったことなどから、日本で十分にクリーニング、保存・修復してから研究し、その上で返却する約束をしていた作品である。シリア側担当者を招いておこなった日本での作業の結果は実に満足すべきもので、砂にまみれていた土くれが中東先史美術の傑作の一つとして蘇った。その成果の一端は、2007年5月に特別展『遺丘と女神』にて、総合研究博物館でも先行展示したところである。
 今回の展示は、作品をシリアに返却するにあたってのお披露目のために計画したものである。当初は常設展示場を改装して特別なコーナーを設けることでダマスカス博物館側と合意して準備していたのだが、この夏になって、『ダマスカス2008−アラブ文化の首都』の文化キャンペーンの一つとして展示してほしいとの申し出があった。そのキャンペーンとは、世界最初のイスラーム、アラブ帝国の首都であった古都ダマスカスの文化を内外にアピールする文化省企画の事業である。国立ダマスカス博物館でも、収蔵品のうち逸品を紹介するイベントを計画しているので、その一環として公開したいというのである。喜んでお引き受けすることにした。
 展示物はこの土偶一品のみである。展示は博物館のダマスカス室とよばれるイスラーム伝統装飾に彩られた部屋でおこなわれた。シリア側が用意した展示タイトルは『神々の誕生−新石器時代の“例外的”女性土偶』。何が“例外的”かと言えば、まずサイズ。これまでシリアで見つかっていた新石器時代の女性土偶はどれも高さ5-6cmしかないのに、本作品は14.5cmもあった。また、頭部や顔面のきめ細かな造形が残っていたことや、赤や黒などの多彩色塗料で服飾や入れ墨などが入念に表現されていたことなど。どれをとっても、1世紀以上も続いている発掘でものされたシリア・メソポタミア古代文明遺品を多数所蔵する同国にあって、類例のない作品だったのである。圧倒的な存在感をただよわせたふくよかな体躯をもつ原始の女神像にふさわしいタイトルに思えた。
 展示にあたっては、『遺丘と女神』展で用いた映像資料をアラビア語に翻訳したDVDのほか、アラビア語・フランス語による展示図録(図2)、会場に設営する大形バナー(図3)などを新たに作成した。DVDにおさめたのは総合研究博物館での保存修復作業の経過である。オープンは8月20日。文化省・考古遺産庁、首都祭関係者、国枝昌樹駐シリア日本大使らを招いたセレモニーが開かれた。筆者の記念講演はともかく(図4)、あわせて企画された地元楽団によるミニコンサートが心地よかった(図5)。アラブ音楽はもちろん、今回は日本人の仕事の展示だからと、童謡の「さくら」を演奏する配慮をいただいたのをことのほかうれしく思った。
 さて、今般、無事お里帰りとお披露目が済んだので、次は常設展示を設計する予定である。実は、私たちのグループはシリアに二つしかない国立博物館、ダマスカスとアレッポで既に常設展示構築の協力をおこなっている。アレッポ博物館では1990年代に発掘したテル・コサック・シャマリ遺跡の出土標本展示コーナーを2001年8月から設けているし(本誌第6巻3号拙稿)、2004年12月以降はダマスカス博物館で1980年代に発掘したテル・カシュカショク遺跡の出土品をならべている。上記の土偶は、2000年から調査を続けているテル・セクル・アル・アヘイマル遺跡の他の出土品とともにダマスカスで常設公開されることになる。
 総合研究博物館が進めている海外モバイルミュージアム事業は、館内でうまれた研究成果や展示ノウハウを海外輸出する企画である。このような事業を円滑に進めるには現地国との信頼関係が欠かせない。さいわいご厚誼を得て軌道に乗っているシリアとのそのような関係が今後も続き、本事業がさらに成長することを願っている。

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 図1 お披露目された女性土偶


 図2 会場の展示バナー


 図3 今回作成した図録表紙


 図4 記念講演会


 図5 セレモニーをもりあげたダマスカス楽団