東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime13Number3



常設展
プラットフォームとしての展示

松本文夫(本館特任准教授/建築・情報デザイン)

 『UMUTオープンラボ――建築模型の博物都市』展(2008年7月26日−2009年2月13日)が終了した。本稿では、これまでの展示経過を振り返るとともに、本展で試行された「オープンラボ」の可能性と課題を考察する。


展示経過のまとめ
 これまでの展示経過について、モノ・ヒト・コト・情報という4つの視点から以下に概要をまとめてみたい。
 1)モノ:本展の学生実行委員会が2007年12月に組織され、展示準備室の一隅で建築模型の制作が始まった。模型の数は徐々に増えてオープニング時に90点となり、展示期間中も模型制作を継続したことによって、最終的には133点(制作途中を入れれば140点)に達した。この中にはワークショップで制作された作品、学生の課題作品、外部専門家への委託作品も含まれている。内容の多様性を孕みながら、展示物の総数が約1.5倍に増えたことになる。
 2)ヒト:会期中はのべ約300名の学生が自主的に展示に参画し、とくに特別展の期間中は毎日3〜4人の学生が常駐した。展示室にはラボデスクが配置され、無線LAN環境も備えられた。そこは模型制作の作業場所であるだけでなく、来館者との交流、学生達の学習・創作・情報交換の拠点となった。筆者自身も研究室を展示室に「移動」し、現場に身をおきながら博物館の研究業務をこなすことが多かった。来館者・学生・教員が同じ空間に共存していたことになる。
 3)コト:模型制作と並行して、展示室ではさまざまなイベントが開催された。各界研究者によるレクチャ(15回)、筆者や学生によるスライド・セミナ(25回)、ギャラリーツアー(30回)、小学生・中高生・大人向けのワークショップ(3回)、学生の作品発表会(2回)、プロによる模型制作デモンストレーション(4回)などである。これらのイベントは、展示の基本テーマである「建築」をフォローアップしつつ、ときに多様な分野からの刺激的なイマジネーションを重ね合わせる役割を果たした。
 4)情報:学生の発案により、ブログOPENLABlogが設置された。制作作業の状況やイベントの感想などが学生によって書き込まれ、展示活動のログとして日々更新された。オープンラボの展示はUGC(ユーザ生成コンテンツ)のように徐々に変化するものであり、ブログによる日常的な情報発信と親和性が高いといえる。ブログのほかに、通常のホームページも制作され、「カレンダ」によるイベントの一覧告知、模型リストの一覧表示、レクチャの記録掲出が行われた。
  以上1)〜4)をまとめれば、本展の特徴はモノ・ヒト・コト・情報の継続的な生成関与にあったといえる。すなわち、コンテンツの現場制作、スタッフの自主参画、イベントの常時実践、ウェブによる情報発信である。その多くの場面で学生実行委員が中心的な役割を担っており、大学博物館ならではの展示試行であったといえる。

オープンラボの可能性と課題
 本展におけるオープンラボとは、「大学における教育研究の成果を新たな博物資源として制作し、その生成過程を公開しながら進行する動態創成型の展示」(開催趣旨)のことである。もともとオープンラボという言葉は、展示の内容を示しておらず、むしろ形式を意味している。本展では建築模型の制作を行ったが、別のテーマでも展示として成立するのか。すなわち、オープンラボが「内容」に関わらず実行可能な「形式」であるかが問われている。
 筆者の考えでは、オープンラボの可能性の中心は、展示実践に「時間」の概念を組み込むことにある。静的空間として展示を完結させるのではなく、ある種の「時空間連続体」として展示を変容させること。そのためには時間変化の受け皿となる空間的/情報的な基盤が必要になる。このような基盤を「プラットフォーム」と呼ぶことにすれば、オープンラボの成立要件は、まさにプラットフォームの構築に求められる。
 本展でいえば、展示室の中心に設けられたラボデスク(制作場所)と均等配置されたアンティーク机(展示場所)は基本的な空間基盤を形成する。展示物の制作順序や配置場所は最初から決まっているわけではなく、全体の進行とともに随時調整される。さらには、スタッフ間の情報交換に使ったグループウェアや共用カレンダ、および日々更新されるウェブサイトやブログも重要な情報基盤である。このようなプラットフォームを備えることによって、オープンラボはさまざまなケースで実行可能になる。具体的には、現在進行形の事象や活動を取り扱う展示、モノづくりや作品制作を公開する展示、資料の収集過程をそのまま組み込んだ展示、などにおいてオープンラボは選択肢のひとつになるだろう。
 振り返れば、総合研究博物館においては、既にオープンラボに類する展示の試みが実践されてきた。『国際協働プロジェクト―グローバル・スーク』展(2005)における「蓄積成長するインデックス」(西野、カラトローニ、矢島)、『アフリカの骨、縄文の骨遥かラミダスを望む』展(2005)における「研究そのものを展示する」(諏訪、洪)といった先例がある。
  博物館における通常の企画展示、いわば「ディスプレイとしての展示」は、展示の花形である。保存資源の中から最適な成果を抽出して学術的/視覚的なスペクタクルを形成する。それに対して、オープンラボのような「プラットフォームとしての展示」は、機能区分的な意味での展示という意識を消滅させ、展示の特権性を弱体化させる方向にむかうかもしれない。言葉をかえれば、それは展示と保存の融合、展示と研究の融合、展示と教育の融合、さらには展示と博物館活動全体の融合ということにつながっていく。
 当然ながら、オープンラボには一般的な課題も存在する。プラットフォームの設定の仕方にもよるが、
1)展示の全体像の未完あるいは流動
2)展示空間のカオス化
3)展示物の相互連関の不明
といった状況が発生しうる。これらは展示であることの認識論的困難、あるいは展示の消滅にむけた日常化現象であり、オープンラボに潜在する傾向の一つといえる。全体としてのカオスを受容しつつ、理論的な調整や構築的な介入を要所で行う方法が考えられる。さらに具体的かつ効果的な対策としては次の2つがありうる。
 第一に、ある種の「限定」を展示に持ち込むことである。引き算的なルールの設定といってもよい。その限定によって、展示と非展示、非日常と日常の境界が形成される。本展でいえば、建築模型を全て「白」で統一したことはこれに相当する。現実の建築はさまざまな色彩やテクスチャを有するが、それを白一色で表現することによって、形態の多様性がはっきりと浮上する。
 第二に、展示の「空間形式」を優先することである。オープンラボで発生するモノの全体像が事前に予測できないとしても、その配列の基準を打ち立てておくことは重要である。時空間連続体としての明確な空間形式を備えていれば、モノの多様性は制御された発現に向かう。本展におけるアンティーク机の規則的配置は、そのような空間形式を意識したものである。
 オープンラボの本質的課題とは、それがよって立つ研究活動や創作活動の課題にほかならない。逆の視点から見れば、他者に情報開示する展示過程を通して諸活動を再編すること、いわば「オープンラボによる解決」が期待されてもよいはずである。

 UMUTオープンラボ展は、学生なしでは成立しなかった展示である。学生の参加は自主的なもので、授業やゼミとして強制されたものではない。せめて何らかの単位を認定できればと思ったこともある。そもそも、大学は学生が能動的に学ぶ場所であり、その成果をオープンラボを通して社会に発信したと考えることもできるだろう。学生諸君が何らかの参加意義を感じてくれたなら筆者の最大の喜びである。重ねて感謝の意を表したい。
 また、模型展示という示唆とともに展示担当の機会を与えていただいた西野嘉章教授をはじめ、ご指導ご協力いただいたすべての関係者の方々に御礼を申しあげたい。最後に、本展で展示された建築模型の多くが小石川分館に移設され、常設展示として公開されていることを付言しておく。

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 図1 UMUTオープンラボ展会期中の展示室の写真。左上
に学生達が作業するラボデスクがある。
(撮影:松本文夫(以下同様)



 図2 会期終了直後の展示室の写真。机を集結して「博物
都市」を出現させた。



 図3 小石川分館での常設展示(2009年3月〜)。大型棚
に模型を垂直に収納した。