東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime14Number1



平成21年度学芸員専修コースから
共同制作展示『南太平洋80s −文化再生産の現場』によせて

西秋良宏 (本館教授/先史考古学)

 総合研究博物館2階展示室で、小田静夫氏旧蔵南太平洋考古民族コレクションの公開が始まった。東京都教育庁の元学芸員小田氏が1980年代末にミクロネシアやポリネシアなど南太平洋各地で収集した標本群である。実は、このコレクションは平成14年の新規収蔵品展『モノは私のフィールドノート』で一度、公開されている(拙稿、『ウロボロス』第7巻4号)。なぜ、同じ資料を二度も展示するのか。同じ素材であっても料理の仕方が違えば展示の魅力も変わるはずである。標本の見方や見せ方の多様性を追求し、展示の独創性について考察してみようという展示実験なのである。前回と同様、今回の展示も「学芸員専修コース」の課題として制作した。
 「学芸員専修コース」というのは国内の博物館および類似した環境で働く専門職員を主な対象とした本館のリカレント教育プログラムの一つで、平成5年度以来、毎年開催している。これまで特定分野の標本や技術に関する専門講義、実習、あるいは理想の博物館について議論するワークショップなど多様なメニューが用意されてきた。しかし、展示を実際に共同制作するのは7年ぶりのことである。
 課題の第一は、先述のように、小田コレクションを別の切り口から展示すること。そして第二は、会場とする2階展示室の現状を変えることである(写真1)。階下の明かり取り用スチール製吹き抜けをふさいで作った無粋な長方形の展示台が中央に固定され、四隅には三角形のガラスケースがおかれている。正直、使い勝手は良くない。この部屋の改造を求めた。
 そもそも小田コレクションは扱いが簡単ではない。小田氏は考古学者であるから考古学に関連する標本が中心であることはよいとして、学術調査で系統立てて集められたコレクションでない点がやっかいである。先史時代の石器や土器がみられる一方、岩石や貝殻などの自然物、伝統民具やバザールで販売される民芸品、そして完全な土産物を大量に含んでいる。トランプや鉛筆といった工業製品まで混じっている。普通の博物館なら展示には使わないかも知れない。しかし、重要性が確立した学術標本や誰もが価値を認める美術品を展示課題とするのではひねり方にも限界があろう。モノの見方を議論するには、こうした個人コレクションの方が難しくて良い。
 議論の結果、前回の展示は、小田氏の標本収集法に焦点をあてて構成された。ノートをとる代わりにモノを集め、それを記録代わりに使うというユニークな収集法である。小田氏は『「モノ」は私のフィールドノート』であるという(小田静夫、『ウロボロス』第7巻3号)。興味深いモノを見たら実物を入手する、それができないなら似たモノを作ってもらう、それも無理なら類似の民芸品、土産物を買い求める。小田氏の豪快なコレクションは記録用紙の代替物なのだ。いわば、学術的な記録媒体としてのモノの価値を提示しようとする展示であった。
 それに対し今回できあがった展示が『南太平洋80s−文化再生産の現場』。小田コレクションがいかに雑ぱくであろうとも、それらがミクロネシアやポリネシアなど南洋各地の1980年代(エイティーズ)に存在していたモノであることは間違いない。したがって、それらはその時点における南太平洋社会を読み解くための学術標本になりうる、という観点から展示を組み立てた。地表で採集された考古資料、バザールで買い集めた民具や民芸品、土産物などをいずれも同時代資料としてとらえ、それをもって伝統工芸の継承、変化、過去を売り物にした観光産業など1980年代末に南太平洋で生まれていた新文化を考察してみようというのである。すなわち、このコレクションに考古、歴史民族学というよりは社会学的な資料としての価値を見いだそうという試みである。
 実は、こうした切り口は平成14年当時、筆者が考えていた案にかなり近い。本誌でも述べていたから(拙稿前掲)、それに引っ張られた面もあると思われる。しかし、会場の構造や展示手法は筆者には思いもよらなかった出来になった(写真2)。四隅にあった三角ケースが撤去され、中央の仮設台座の上には、それをうわまわる大きさの背付き平台。その上にコレクション約350点の全てが所狭しと並んだ(写真3)。右手には文字一色で全ての作品のデータベース(写真4)、左手の壁には小田氏から寄贈された現地写真約350点の全てが掲げられた。加えて用意されたのが、それら三つの群をつなぐための手持ち用小冊子。そこにはコレクションの学術的読み解き結果が記された。
 殺風景だった2階展示室が一変してしまった。会場の構成を変えるという課題は見事にクリアできたと言ってよい。屋根裏部屋のようにアクセスの悪い2階展示場を訪れた熱心な来館者を驚かせるに足るのではなかろうか。筆者はこのコレクションが考古学者たる小田氏の空中発掘資料ではないかとかつて書いたが、会場にたたずむうち、中央の平たい展示台が実際の発掘現場に見えてきた。地層を現在から順に上から剥いでいって、1980年代末の層にいきついたら、それだけのモノが出土したというイメージである。イースター島のマタアという真正の先史石器は、南洋の貝をあしらった日本製トランプの隣に並べられていた。しかも、その脇にはアンテナのごとく土産物の鉛筆が立っている。石器の横に、それらを展示することなど、およそ考古学者に思いつくことではない。しかし、1980年代の南太平洋の地面には確かにそれらが落ちていた、あるいは売られていた。考古学では地層ごとに文化アッセンブリッジを回収し、その分析をもとに当時の社会を考察する。そのものが表現されているように見えた。
 考古学の研修ではないのに考古学に偏りすぎた見方のようではあるが、それはそれでよいのであろう。学芸員のほとんどは自らの専門を持ちながら、その目をもって多様なコレクションを料理しているのである。このコレクションを用いて今後も展示をおこなう機会があるとすれば、担当者によって、さらに別の見方、見せ方が生じていくに違いない。
 もちろん、今回の専修コースが成功したかどうかは、展示の出来不出来で判断されるべきではない。共同制作の過程、あるいは事後の評価、討議をへて独創的な展示、展示手法について受講者に得るものがあったかどうかが肝である。独創性とは、多くの人が異質と考える複数のものの間に関連性を見いだす連想力だと聞いたことがある。実際、作業中、その意味で独創的な発想がいくつもみられた。石器とトランプを並べて見せることもその一つである。異質なバックグラウンドをもつ方々との意見交換は、少なくとも筆者には啓発されること大であった。
 それにしても、2日間の専門講義の後、展示趣旨の策定、会場設計、施工などを3日間でこなし、制作期間総計5日間で今回の展示はできあがった(写真5-7)。ある程度の資料を事前に配付し、また館内スタッフが作業を補助したとはいえ、受講者たちの大半は初対面であり、展示作品群は初見であった。そんな無茶な企画がありうるのか、と思われるかも知れないが、まずは展示をご覧いただきたい。そして、ご講評いただきたい。そのご意見を考察の材料にさせていただきたく思う。
 企画に賛同され濃密な5日間を過ごされた受講者各位には、厚く御礼を申し上げたい(写真8)。厳しい課題に対して発揮された熱意と創意にはまことに頭がさがる。今回は、新人研修さながら、平成21年10月に着任したばかりの本館の若手研究者5名も受講した。また、会場設計のセンスが全くない筆者に代わって、本館の松本文夫(建築)、関岡裕之(デザイン)、中坪啓人(施工)の各氏が制作指導を担当くださった。小田氏を始めとする講師の方々、内覧会にてご講評いただいた博物館ボランティアの会諸氏など参画いただいた全ての方々に感謝したい。加えて7年前の経験が今年の企画に活かされたとことも疑いない。平成14年度の受講者諸氏にも改めて謝意を表する次第である。



共同制作展示 『南太平洋80s −文化再生産の現場』
 会 期:平成21年11月18日(水)〜平成22年3月28日(日)
 会 場:東京大学総合研究博物館2階展示室
 休館日、開館時間:常設展『キュラトリアル・グラフィティ』、特別展『命の認識』展に準
 じます。詳細はホームページでご確認下さい。

  制作期間:平成21年11月9日(月)〜11月13日(金)
  企画進行:西秋良宏(東京大学総合研究博物館)
  制作指導:松本文夫(同)・関岡裕之(同)・中坪啓人(同)
  制作参加者:
 三友晶子(東京家政大学博物館)・増崎勝仁(流山市立博物館)・高坂 洋(関東ゼネ
 ラルサービス株式会社)・宮川謙一(財団法人東京富士美術館)・佐藤大樹(日本銀
 行金融研究所貨幣博物館)・杉浦秀典(賀川豊彦記念松沢資料館)・上野恵理子(東
 京大学総合研究博物館小石川分館)・黒木真理(東京大学総合研究博物館)・門脇
 誠二(同)・鶴見英成(同)・矢後勝也(同)・藤原慎一(同)
 制作協力:松原 始(同)


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写真1 当初の2階展示室。左手が入り口。


写真2 改造後の2階展示室(撮影:松本文夫)

写真3 入り口から見た室内(撮影:松本文夫)。
監視員がいない場合のセキュリティを考慮して、
後日、展示台はアクリル板で囲われた。


写真4 展示品と背後の文字データベース(撮影:松本文夫)


写真5 会場設計を議論する参加者


写真6 中央台座の制作


写真7 作品展示法の検討


写真8 展示品と制作参加者(撮影:松本文夫)。
左手中央が筆者