東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime16Number1



連続展示
アルパカ×ワタ アンデスの古代織物第1・2・3集

鶴見英成 (本館特任研究員/アンデス考古学・文化人類学)

白骨の傍ら、砂にまみれて
 白骨の傍らでボロ布が微風に揺れている(写真1)。ペルー共和国の太平洋沿岸、砂漠の中でよく見る光景である。砂漠と言ってもアンデス山脈から多くの河川が下ってくるので、その流域には古くから定住村落が展開し、やがて成立した諸国家が水路を整備したため、現在に至るまで多くの人口が支えられてきた。神殿、都市、王宮などの大規模な遺跡が多数知られるが(写真2)、その周辺の平野には墓域が設けられ、多くの死者が眠っている。彼らは貫頭衣などをまとい、土器やアクセサリーや食物などを供えられ、しばしば何重にも布で包んだ状態で埋葬された。ペルーの海岸砂漠の環境は有機物が残りやすい条件をそなえているため、土中の死者は腐敗せずそのままミイラとなる。着衣や包みも色鮮やかなままで二千年以上も保存されることがある。
 今日それが地表に散らばっているのは、主として盗掘者の仕業である。アンデス文明は黄金製品で名高いが、それに加えて土器などの造形も巧みで、国内外の古美術市場で高値で売買される。盗掘はもちろん違法であるがその伝統は長く、習慣として民衆に根付いた側面もあり、一掃される気配はない。墓地遺跡を狙う盗掘者は基本的に副葬品が目当てであり、被葬者には関心も敬意も払われない。暴かれたミイラは崩壊し、ときには黒髪を生やしたまま砂漠に散らばっていく。精妙な文様を織り込んだり染め抜いたりした美麗な織物もまた文字通り剥奪されるが、地味なものや傷んだものはそのままうち捨てられ、強い日差しのなか色褪せていく。

アルパカとワタのコラボレーション
 1958年、東京大学教養学部助教授であった文化人類学者・泉靖一は、調査団を組織して日本で初めてアンデス考古学に着手した。泉の没後も調査は発展的に継続され、世界的な調査成果をあげながら今日に至っている。本館の文化人類部門には、半世紀近く前に調査と寄贈で集められた古代アンデスの織物が多数収蔵されている。出土地不明で断片的な資料が大半であるが、前述のような海岸砂漠の出自であることは間違いない。現在それらの整理作業と分析が進行しており、それと並行して「連続展示 アルパカ×ワタ」として5つの展示を開催し、公開していくこととした。
 古代アンデスの織物を展示するにあたり、多種多様な織りの技法に焦点を当てる、文様のパターンやモチーフで分類する、時代別・地域別に並べるなどさまざまな構成が考えられるが、本企画は織物の素材に立ち返った整理を基調としている。アンデスの織物は、アルパカなどラクダ科動物の獣毛と木綿という素材で(ごく一部の例外を除き)成り立っており、また動植物を原料とする天然染料が多用されている。じつに手の込んだこの工芸品は、アンデス地域固有の生物相のたまものと言える。のみならず織物は、またアルパカやワタは、アンデス文明というユニークな古代文明を支えてきた立役者でもあるのだ。本展では織物資料群とともに、繊維と染料の原材料となった動植物の標本も展示し、これらを巡って展開される多様な研究を紹介する機会としたい。

アンデス美術を織りなす糸 古代織物第1集
 本企画は5つのテーマにあわせて織物資料を集成し、それぞれの展示を連続して公開する。その理由の一つは染織文化財のデリケートさにある。光に暴露することで天然染料は変退色してしまうため、それを最小に抑えるべく会場照明の紫外放射をカットし、さらにそれぞれの展示期間を短く限ることにしたのである。イントロダクションに相当する「アンデス美術を織りなす糸」展では、アンデスの染織の特徴、また当コレクションの概要を示すために、代表的な標本をピックアップした。その上で、アンデスの先史美術における織物の重要性を示したいと考えている。
 アンデス美術と一口に言っても、時代と地域によって多様性があるのだが、通底する独特の趣があることも確かだ。たとえばジャガーや人物などの表象は、写実的に表現された事例もあるのだが、むしろ直線的に様式化された像のほうがいつの時代、どこの地域にも見られる。また具象性のない階段状や鋸刃状などの幾何学文様が多用される。そしてそれらの要素がしばしば反復的・対称的に配置される。こういった特色は、織物に触発されたものと考えられる。織りによって表現された文様は、必然的に織りの規則性に従って直線的で角張ったものとなるし、また面的に広がりのある布地の上に連続的に展開するパターンが生まれやすい(写真3、4、5)。古代の南米大陸において、ペルー一帯はまさしく文明の中心地であったが、じつは土器製作の開始時期に関してはエクアドル周辺・コロンビア周辺より大幅に遅れた後発地域であった。自由度の高い粘土塑造よりも、はるか以前に始まっていた織物製作が美術様式の規範となり、やがてそれが土器や金属器、建築の壁面装飾(写真2)に至るまで応用されていったのであろう。また神像などの宗教的図像が、しばしばきわめて広い地理的範囲で共有されていたことが分かっているが、軽く運びやすい織物にそれらが表現され、広く流通したためであると考えられている。アンデス文明は文字を持たず紙も発明されなかったが、イメージを表現・伝達するメディアとして織物が重大な役割を果たしたのである。織物こそアンデス美術の原点であった、と言って過言ではない。

アンデス染織の科学 古代織物第2集
 織物や網などの繊維製品はきわめて普遍的な人工物であるが、土中で腐りやすいため考古学の資料としては一般的でない。織物を研究対象にできるというのはアンデス考古学の大きな特色である。「アンデス染織の科学」展ではモノとしての染織研究に焦点を当て、共立女子大学の協力によって研究のなされた収蔵品を中心に構成し、その成果とともに提示する。
 展示された織物は、赤、青、黄、緑、紫、茶、黒などさまざまな色彩で染められている。染料に用いられる動植物は多様であり、その代表的なものを展示場に揃えてみた。色調だけから染料の種類を判断することはとても難しい。赤色を例に取ると、昆虫カイガラムシの一種であるコチニール(写真6、7)や、アカネ科の植物ムヤカの根などの可能性がある。またこのような天然染料は用いる媒染剤によって色味が大きく変化することが多く、例えばコチニールは赤だけでなく紫、さらに灰色に近い茶色などに発色させることができるのである(写真4)。それを同定するには染織から糸を少し取り、高速液体クロマトグラフィという手法で色素を調べる方法が用いられる。展示資料のいくつかから赤色の糸を取り出して分析したところ、いずれもカルミン酸という色素が検出された。赤色染料にはそれぞれ固有の色素が含まれており、カルミン酸はコチニールに含まれる色素である。
 織りの技術を解明するには、多くの経験を経て培われた観察眼が要る。複雑な織り目をときにルーペを用いて観察し、図をおこし、再現実験を繰り返しながら技法を解明していくのである。本展ではその研究のために作成された再現品も展示する。興味深いのは、織り方を正確に再現できても、古代のオリジナルとは外見が大きく異なる点である。単に経年による古色が再現されないと言う意味ではない。現代の手引き糸は古代のものと太さや質が異なるため、古代の組織を再現しても、全体的に大きくなってしまうことがあるのだ。古代アンデスの女性たちがいかに細くしなやかな糸を巧みに紡いだか、あらためて感嘆する。なお本コレクションの大半は、かつて染織・民族衣装研究者の中島章子氏により観察が進められていたが、平成12年に亡くなったあとは長らく中断されていた。現在、氏の友人であった幅晴江氏(染織家)・沢田麗子氏(アンデス染織研究家)にご協力いただき、ようやく登録が完了しようとしている。本展のために選出した資料は、全5集それぞれが織りのテーマに関しても興味深い取り合わせにしてある。光量を抑えた会場では細かな観察は難しいが、両氏による「織りのギャラリートーク」を開催予定なので、ぜひその成果に触れていただきたい。

アンデス高地に生きる 古代織物第3集
 アンデス文明は他の文明との交流がないまま独自に発展し、15世紀にはインカ帝国の名で知られる大規模な政体も登場した。それがスペイン帝国によってあっけなく征服され、アンデス世界は大きな文化変容を遂げた。征服者たちは海岸部など標高の低い地に多くの拠点を築いたが、冷涼、かつ順応するまでは高山病に悩まされる高地を嫌ったことがその一因であった。その結果アンデス高地は今日に至るまで、先住民の伝統を比較的保った地域となっている(写真8)。とくに標高4000メートル前後の高地の生活は、リャマ(写真9)とアルパカ(写真10)というラクダ科動物家畜の飼育を特徴とする。「アンデス高地に生きる」展においては獣毛を用いた織物を中心にすえ、牧民の文化の一端を紹介してみたい。
 力が強く荷を運ぶのに適したリャマに対し、アルパカの特徴は優れた毛にある。高地の動物ゆえに保温性が高く、またとくに白い毛はきれいに染まりやすい。ワタと併用するにあたっても、地の布を単色の綿糸で織り、その上に鮮やかに染めた獣毛で文様を縫い取るという使い分けが、展示資料にも見ることができる(写真3、5)。とくに高地を拠点に、広くアンデス地域に政治的統一をもたらしたインカ帝国では、高品質な染織は貴重な財とされたことが分かっている。布を織る女性の専業的組織があり、彼女らの生産する最高級品はインカ王から地方首長らへの贈与物として、社会的紐帯の維持に不可欠であった。
 一方で見落としてならないのは、アルパカやリャマが高地における重要な蛋白源だという点である。ステーキ等のほかに伝統的な保存食として干し肉が有名であり、現地のケチュア語でCharqui(チャルキ)と呼ばれるが、これは英単語Jerky(ジャーキー)の語源である。個人的感想として、脂肪のかたまりは臭みが強いが、アルパカ肉は全体的に脂肪が少なく、豚肉の赤身にも似て美味である。また解体時に剥いだ毛皮は敷物にする。冷涼な気候ゆえになめさなくとも腐敗しないため、天日で乾燥させただけの毛皮は干し肉同様に堅い。夜間に土間に敷きつめて寝具とするが、寝返りを打つたびに細かな湾曲がベコンベコンと裏がえる。慣れないうちは寝苦しいことこの上ないが、氷点下の夜気から身を護る必需品である。
 世界の古代文明というと、大河流域に栄えた事例がまっさきに思い浮かぶかもしれない。しかし大規模な「高地文明」の存在もまた、紛れもなく人類史の一面なのである。本展では、那須アルパカ牧場のご厚意により本館が譲り受けた「タネコ」(メス、平成22年9月に死亡)の遺体から製作された、日本では珍しいアルパカの全身剥製標本を展示する。アンデスのラクダ科動物は可愛らしい風貌で日本人に親しまれるようになってきたが、「高地文明」の開花を支えた偉大な生態資源、そんな風格も感じ取っていただけたらと思う。

 7月16日より開催する「アンデス調査団の半世紀 古代織物第4集」展、8月12日からの「アンデス文明の生態基盤 古代織物第5集」展はいずれも考古学に関連した展示内容となる。詳細は本誌次号にて紹介したい。



連続展示
アルパカ×ワタ

 アンデス美術を織りなす糸 古代織物第1集:4/29〜5/15(月曜休館)
 講演 5/8(日) 松本雄一(南山大学非常勤研究員)
 アンデス染織の科学 古代織物第2集:5/19〜6/5(月曜休館)
 講演 5/28(土) 齊藤昌子(共立女子大学教授)
 アンデス高地に生きる 古代織物第3集:6/9〜6/26(月曜休館)
 講演 6/19(日) 鳥塚あゆち(東海大学大学院研究生)
 アンデス調査団の半世紀 古代織物第4集:7/16〜8/7(7/19,25,8/1休
 館)
 講演 7/31(日) 大貫良夫(野外民族学博物館リトルワールド館長・
 本館終身学芸員)
 アンデス文明の生態基盤 古代織物第5集:8/12〜9/4(月曜休館)
 講演 8/21(日) 鶴見英成(本館特任研究員)

 開館時間:10:00〜17:00 (入館は16:30まで)
 会場:東京大学総合研究博物館2階展示室
 講演:いずれも13:00より東京大学総合研究博物館7階ミューズホ ール
   にて開催。
 終了後、15:00より展示会場にて「織りのギャラリートーク」を実施。


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写真1 ナスカ県の海岸砂漠の盗掘された墓地遺跡。手前に
人骨、奥に織物、その中間にワタのかたまりが
転がっている。
写真2 世界遺産チャンチャン遺跡はチムー王国の王都である。織物か網のような斜格子の壁が巡らされ、あちこちに
角張った鳥や魚などのレリーフが配置されている。
なお写真の中の壁は崩れたもので、
本来ははるかに高かった。
写真3 様式化された猫科動物(ジャガー?)と鳥の文様。地の布は木綿の平織り、縫い取りは獣毛。
写真4 様式化された人物像。経糸は木綿、緯糸は獣毛の綴織り。赤色部分はコチニールによる染織であると確認されて
いるが、ピンクや紫、さらに灰色部分もコチニールの
可能性がある。
写真5 対称的に反復される階段状の文様。地の布は
木綿の平織り、縫い取りは獣毛。
写真6 ウチワサボテンに寄生したコチニール。収穫しやすいようにサボテンの棘を抜いてある。中南米を征服した
スペイン帝国はこの優れた染料をヨーロッパで
独占販売し、巨万の富を得た。
写真7 コチニールを集めて天日で干すと、赤紫色の粒状に
硬化する。スペインがその素性を秘密にしたため、他国では
これが動物か植物かという論争が続いた。
写真8 アレキパ県の高地にて、コマを放るように紡錘車を空中で回して糸を紡ぐ若い母親。女性は紡錘や機織りの
道具を持ち歩き、どこでもまめに仕事をする。
写真9 強靱で機動力のあるリャマ。アルパカとリャマは
別々に管理される。
写真10 ボフェダルと呼ばれる高地の湿原で
草をはむアルパカ。