東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime16Number2



連続展示
アルパカ×ワタ アンデスの古代織物第4・5集

鶴見英成 (本館特任研究員/アンデス考古学・文化人類学)

 本稿執筆の時点で全5回の連続展示も折り返しを過ぎ、「アンデス高地に生きる 古代織物第3集」を展示中である(写真1)。本誌前号(Volume 16 / Number 1)掲載稿に続き、後半の2つの展示について紹介していく。

アンデス調査団の半世紀 古代織物第4集
 1956年、泉靖一助教授(当時)はブラジル日系移民調査のため初めて渡った南米で、ふとした縁でペルーに立ち寄り、アンデス文明の遺産に心を奪われた。彼は初心より考古学を志し、教養学部文化人類学教室を拠点とする調査組織を2年のうちに立ち上げた。1958年の「第1回東京大学アンデス地帯学術調査団」は石田英一郎教授が団長となり、主としてペルーとボリビアを広く巡って遺跡を訪問し、自然環境と関連づけて網羅的な把握につとめた。「アンデス調査団の半世紀」展にて展示する古代織物第4集は、いずれもこの踏査を通じて採集された資料である。たとえば「地上絵」で知られるナスカ文化の中核的な大遺跡であり、今日では観光地として整然と復元されたカワチ遺跡において、かつて地表に散乱していた織物(写真2)や、地元のアマチュア考古学者の案内で巡ったというチリ北部の遺跡群での採集品などである。盗掘品であふれかえるアンデス考古学において、出自の明らかな資料は学術的にきわめて貴重である。
 この踏査は、とくに文明の起源と形成過程の解明というテーマに則して、有望な発掘調査地を探すことを目的としていた。踏査の過程においても、ペルー中央海岸北部の文明形成期の遺跡ラス・アルダス(写真3)などで短期間の発掘を実施している。しかし文明の起源を熱帯の密林地帯に求めるという仮説に立ち、長期的に取り組むフィールドとして最終的に選定されたのは、アンデス山脈東斜面のコトシュ遺跡であった。ここでは1960年代に3回の発掘が行われ、重要な成果がもたらされた。優れた土器を遺した「チャビン文化」をアンデス文明の母胎と見る説が当時有力であったのだが、それよりも古く、まだ土器の作られていない先土器期から、すでに壮麗な神殿が建設されていたことを確かめたのである。とくにその壁に施されていた「交差した手」のレリーフは、アンデス最古の芸術としてペルーで広く知られるようになった。その後、先土器期の神殿は数々の事例が発見されるようになり、近年ではカラル遺跡が世界遺産に指定されるなど、ペルー考古学の中でもとくに活発な研究分野に成長した。
 泉は著作において調査研究を継続することの重要性をたびたび強調し、本館のコレクションに関して「今後の研究者にとって便利」と述べている。以来半世紀にわたり、日本人によるアンデス考古学調査は多くの成果を挙げてきた。本展では「交差した手」レプリカをはじめ、その研究史を物語る資料をあわせて紹介する。

アンデス文明の生態基盤 古代織物第5集
 アンデス文明の起源問題について話を続けたい。上述のカラル遺跡に代表されるように、まだ土器のない時代の神殿群はなんと言っても海岸平野、沿岸部から河谷中流域にかけて大規模な事例が知られている。このような海岸砂漠のオアシスに登場した最古の神殿群からは、ワタ製品が多量に出土するのが特徴で、「ワタ・先土器(コットン・プレセラミック)時代」という名称が提唱されているほどである。古代アンデスのワタ(ペルー綿、Gossypium barbadense L.)は世界各地で栽培化されたワタのひとつで、日本では海島綿と呼ばれる繊維の長い種である。「アンデス文明の生態基盤」展では綿糸を主体にとして織られた資料を集め、紀元前にさかのぼる文明形成期のもの(写真3)から西暦11〜15世紀のチャンカイ文化のものまで幅広く展示する。なおペルー綿は白色ばかりでなく茶色のものもあり、2色のワタを組み合わせた織物もある(写真4)。
 ワタの役割は布にとどまらない。特筆すべきは漁網(写真5)としての利用である。アンデス文明の起源には太平洋の豊かな海産資源が関わっており、とくにカタクチイワシやイワシなど、小型魚の利用が大きな人口を支えたとされる。小型魚を逃さず捕らえる細かな網は、ワタが潤沢でなければ作れない。初期農耕の主要作物が食用でなく、むしろ食糧採集の補助を目的としたという点は、人類史におけるアンデス文明の大きな特徴と言える。
 形成期の食料についてもう1点、解明すべき重要な問題がある(と私は思う)。これら最古の神殿の時代から、魚を水揚げする沿岸部の人々と、広大な農地を持つ内陸部の人々との間で、資源が交換されていたと見られる。沿岸部でもある程度の耕作地は確保できるが、おそらく内陸部からのワタの供給量は大きかったであろう。そして内陸部の神殿遺跡では海産魚骨や貝殻などが大量に出土するのである。このような大規模な資源交換があったことは確かだが、物資がどのように運搬されたのか議論されておらず、私はその点に関心がある。見え隠れするのはアルパカの兄弟分、もう1種のラクダ科家畜であるリャマの姿である。近年までアンデス地域の物流を担ってきた荷駄獣であるが、私は文明形成過程のかなり早い段階から、すでにリャマを引き連れたキャラバン活動が、中央アンデスの広域を巡っていたのではないかと仮定している。これについて考古学的に検証を進めているところであり、今回の展示においてもその一端を紹介したい

むすびに:きれを展示するということ
 人類による生態資源利用の実相解明は私自身の研究上の関心事であるが、織物はまさに生物でできている。アルパカもワタも極言すれば、古代アンデスの人間が糸のために作り出した生物だ。素材となった生物、それを擁する中央アンデスという土地、そして人間の営為が凝縮された人工物として織物を展示するという考えは、企画の初期段階から私の念頭にあった。また調査団の活動や年代測定、共立女子大学での研究・教育成果など、幅広い研究との関わりを示すということも決めていた。しかし、もっぱら断片的なきれを展示するということ
から構成される織物コレクションというのは、どのように見せるのが良いのだろうか、そもそも果たして見応えがあるのだろうか、という点ではだいぶ頭を悩ませた。古代織物の展示としては、時代・地域・技法・モチーフといったテーマで分類し、体系的・網羅的に見せるのがいわば正統であろうが、それでは中途半端に終わってしまうだろう。しかし連続展示という開催形態で点数を絞り、そのぶんきちんと額装するという方針を固め、準備を進めるうち確信するようになったことがある。窓枠を切ったマットボードに収め、額に入れることで、断片的な織物ならではの鑑賞の可能性が広がる。細部に目がいくようになるのだ。私の経験だが大きな織物、たとえばマントの無傷の逸品が展示されている場合、「これは…マントか、なるほど」と通り過ぎてしまうことが少なくなかった。逆に小さな裂であるがゆえに、すみずみまで新鮮な驚きに満ちている。同様の感想は数々の来館者からも聞くことができた(写真6)。
 最後になったが、本企画は実現にあたって多くの協力者にめぐまれた。これまでにお名前の挙がった方々に加え、早内香苗氏・Hugo Tsuda氏・松本剛氏・那須アルパカ牧場(第1集〜)、斉藤昌子・共立女子大学教授(第2・3集)、鳥塚あゆち氏・若林大我氏(第3集)、丑野毅・東京国際大学教授(第3・5集)に、展示標本や資料写真を揃える上でご協力いただいた。本展の特色のひとつ、iPadを使用したデジタル写真展示については、発案者の清水晶子氏、アプリケーション開発者の藤橋弘朋氏(Ginkgo Software)とともに別稿にまとめたので参照されたい。また館の多くの教職員に、展示デザインや度重なる設営を助けていただいたことを、この場を借りてお礼申し上げる。



連続展示
アルパカ×ワタ

  アンデス調査団の半世紀 古代織物第4集:7/16〜8/7
                      (7/19,25,8/1休館)
  講演 7/31(日) 大貫良夫(野外民族学博物館リトルワールド館長
                      ・本館終身学芸員)
  アンデス文明の生態基盤 古代織物第5集:8/16〜9/4(月曜休館)
  講演 8/21(日) 鶴見英成(本館特任研究員)


  開館時間:10:00〜17:00 (入館は16:30まで)
  会  場:東京大学総合研究博物館2階展示室
  講  演:いずれも13:00より東京大学総合研究博物館7階ミューズホール
       にて開催。
   終了後、15:00より展示会場にて「織りのギャラリートーク」を実施。



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写真1 「アンデス高地に生きる 古代織物第3集」展の間、
アルパカ剥製は耳飾り付きの「アンデス高地バージョン」
となった。


写真2 カワチ遺跡での採集品のひとつ。頭と尻尾が対称
形であるが、おそらくトカゲかと思われる動物文様が
刺繍されている。木綿製。


写真3 ラス・アルダス遺跡で1958年に発掘された、獣面
文様を刺繍した木綿布。文明形成期のものであることが
放射性炭素絶対年代測定からも裏付けられた。


写真4 チャンカイ文化に特徴的な「チャンカイレース」の
織物。鳥や魚などを抽象化した文様を持つ。経糸は
茶色、緯糸は白色の綿糸が使われている。


写真5 ワタ製の漁網。ラス・アルダス遺跡の出土品の
ひとつ。


写真6 「アンデス美術を織りなす糸 古代織物第1集」
会場におけるギャラリートークの様子。