吉田邦夫
(本館教授/年代学・考古科学)
科学の眼で透かし見る
考古遺物や美術工芸品は、その姿かたちと共に、年代が重要な意味を持っている。幸い、炭素を含んでいる時には、放射性炭素年代測定法(14C年代測定法)によって、数万年前の年代まで決めることが出来る。14Cは放射性元素なので、およそ五千年で半分になるように規則正しく壊れていく。これを時計として使うのである。加速器質量分析法(AMS法)を使えば、炭素として千分の一グラムもあれば十分に測定できる。日本列島の土器が一万数千年以上前から使われていたことや、沖縄・石垣島の洞窟から出土した人骨が二万年前のものであることを明らかにしたのは、この方法である。しかし、青銅器や陶磁器、ガラスには炭素が含まれていないので、この方法で年代を決定することは出来ない。
遺物などを、科学の目で透かし見ると、年代だけでなく、いろいろなことがわかってくる。例えば、同位体(アイソトープ)をツールとして使ってみよう。同じ元素(化学的性質が同じ)であるのに、質量が異なる原子を同位体と呼ぶ。自然界の炭素には、前述の14Cの他に、12C、13Cが存在し、窒素についても、同様に14Nと15Nが存在している。左肩の数字は質量の違いを表している。身の回りのものには、重い13Cと15Nがほんのわずかだけ含まれているのだが、その割合が、ものによって微妙に異なっている。植物の種類の違いや、陸上の動物と海産物で、それぞれグループを形成している。図は、古代人が食材として利用した食料資源のグループである。
この違いを利用すると、縄文時代や弥生時代にどのような食生活を送っていたのかを推定することが出来る。古人骨に含まれている硬タンパク質であるコラーゲンに保存されている炭素・窒素同位体比を分析すれば、その個人が十年程度の期間に食べていた平均的な食事内容が明らかになる。関東の縄文貝塚人は、海産物に大きく依存しているわけではなく、植物・陸上動物資源を中心として、ある程度の海産物を摂取してタンパク質を補うという、バランスの良い食生活を送っていたことがわかった。
一方、土器に残されたおこげは、1回または複数回の煮炊きの情報を有している。おこげに食材の情報が残されていれば、食卓を囲む集団の食事内容を推定することが出来る。
華麗な縄文土器 『火焔土器』
信濃川の中・下流域に分布する縄文時代中期の火炎土器は、祭祀に使われたものと考えられている。70年以上前の昭和11年12月31日、長岡市馬高遺跡で一つの土器が掘り出された。後に復元され『火焔土器』と呼ばれる(表紙写真)。口縁部に4単位の華麗な把手があり、盛り上がった隆帯と鋸歯状の突起を組み合わせてニワトリの頭のような形(鶏冠状突起)を形成している。そして、その間の口縁の上端に小波状の突起(鋸歯状突起)がつけられ、これらが火焔土器と呼ばれる由来となっている。縄文土器であるのに、不思議なことに縄目による文様がどこにも存在しない。戦後、発掘調査が進み、同様な特徴を持つ土器が周辺に分布することが確かめられ、類似した「火焔型土器」だけでなく、鶏冠状突起がなく短冊状の突起をもつ「王冠型土器」も同時に出土し、一つのグループを形づくることがわかってきた。これらをまとめて火炎土器と呼ぶ。
火炎土器の年代と縄文人の食卓
おこげが残っているものも多く、煮炊きに使われたことは明らかである。おこげについて、AMS(加速器質量分析)法を用いて放射性炭素年代測定を行った。
これまでに、装飾性をもたない土器も含めて、十数遺跡200以上の個体についての年代値を得ている。考古学編年からも存続したのは短期間であると考えられていたが、実際に新潟県における火炎土器様式の土器は、ほぼ暦年代として4800年前から5300年前にかけて、およそ数百年というきわめて短い期間、存続していたということがわかった。
また、土器を使った煮炊き実験によって、おこげは、調理した食材の炭素と窒素の同位体情報を保持していることを確かめた。おこげから、食材を推定することが出来るのだ。年代測定を行った火炎土器のおこげについて、同位体分析を行ったところ、土地によって使われた食材が異なることがわかってきた。サケ・マスなどの遡上魚を含む食材を調理したと思われるものもあれば、植物・陸上動物を煮炊きしたものもあり、バラエティに富んでいる。決まった祭祀の方法が存在しなかったものと推定される。
透かし見たら・・・
このように、科学の目で見ると、思いもかけないことがわかってくることがある。華麗な考古遺物を鑑賞しながら、科学の目で透かし見た結果を楽しんで頂くという展示を企画した。
考古遺物や美術工芸品の研究においては、モノがもっている様々な情報を取り出し、年代を明らかにするだけでなく、モノに関わったヒトの生活を描き出すための協働作業が重要である。自然科学と人文・社会科学の垣根を越えて、協働作業を進めることが、求められている。そのような協働作業を進める場として、博物館は最適であり、ネットワークのハブとして機能することが出来る理想的な装置であると考えている。多様なネットワークの中で紡ぎ出された成果の、ほんの一部が、展示会場にちりばめられている。研究者自身がわくわくしながら研究を進め、その成果を眼にした人たちが、またわくわくする。そんな場が提供できたとしたら、望外の喜びである。
日 時: 2012年3月10日(土) 13:00〜17:00 日 時: 2012年3月24日(土) 13:00〜17:00 Oliver Craig Carl Heron 本多貴之 宮田佳樹 日 時: 2012年3月31日(土) 13:00〜17:00 日 時: 2012年5月12日(土) 13:00〜17:00 場 所: 東京大学総合研究博物館 7F ミューズホール |