寺田鮎美
(インターメディアテク寄付研究部門特任助教/文化政策デザイン)
インターメディアテク(IMT)の開業に向け、東京大学総合研究博物館では、これまでに数々のプレイベントを開催してきた。これらプレイベントの大きな目的は、われわれがIMTで実現させたいと考える展示のアイディアや各種の表現メディアとのコラボレーションを実験することであった。これは一般のミュージアムに先駆け、新しい試みを研究活動として実践的に取り組むことを使命とする「大学博物館」の実験精神に因るものにほかならず、IMTが大学博物館として二十一世紀における新たなミュージアム像を提示する場となるために、プレイベントは回を重ねる度に、その議論と実践を推し進める契機となってきた。
IMTの構想において中心となる概念に「プラットフォーム」がある。これが意味するのは、従来のミュージアムが展覧会の実現を活動成果の発信として一つの到達目標としてきたのに対し、IMTは展示空間を舞台や背景としてさらに活用し、多様な表現メディアを重ね合わせた文化創造の場となることを目指す新たなミュージアム像を提示しようとしているということである。昭和モダニズムを代表する歴史的建築をリノヴェートした空間、東京大学が創学以来蓄積してきた貴重な学術標本、学内外各所から集められたアンティーク什器類という三つの特徴的な構成要素をIMTは有する。このような歴史性を活かしつつ、現代的感覚を取り込み、それらの調和をはかるさまざまな視覚芸術的工夫を凝らしたデザインポリシーのもとに展示を行う。これを完成形としながら、さらに他の表現メディアを喜んで迎え入れることにより、次には展示がその舞台背景となるように演出する。この主従関係の変化や重層的なレイヤー構造こそが、新たなクリエーションの原動力となるのである。
これまでのプレイベントには、例えば、現代美術家をパートナーに迎え、学術標本と現代美術とのコラボレーションを行った展示がある。東京大学の歴史的な学術標本によって構成される展示空間に現代クリエイターたちの作品を組み合わせた展覧会は、学術と芸術、そして歴史性と現代性を架橋し、見たことのない新鮮な世界を示して見せた。このような展覧会には、通常の東大博物館の来館者とは異なる感度・感性をもった新規来館者を多く迎えることができたことからも、そのインパクトの大きさがわかるだろう。
プレイベントのなかには、このように一般公開された展示以外にも、さまざまなジャンルのコラボレイターとの実験イベントがあり、会場の大きさや開催日程の都合上、招待客のみの限定された人々の目に触れることしかできなかったものもある。この機会に、小石川分館で行われた三つのイベントを紹介したい。小石川分館は東京大学現存最古の学校建築として国の重要文化財に指定されており、明治期に旺盛した擬洋風建築を小石川植物園内の現在の場所に移築再建し、2001年よりミュージアムとしての利活用を図っている施設である。小石川分館では、その歴史的建築の内部に、東京大学が明治期より蓄積してきた歴史的な学術標本を持ち込み、それらを用いて、ミュージアムの原点と言われる「驚異の部屋」を現代に構築してみせることを常設展示のコンセプトとしてきた。この「驚異の部屋」の世界観は、展示物の移設とともに、開業後のIMTの常設展示に引き継がれることになっている。
一つめは、ファッションデザイナー滝沢直己氏との協働によるファッションショー、「Mode & Science / Naoki Takizawa Spring Summer 2009 Collection」(2008年10月31日)である。これは、プレイベントの第一弾であり、モードという非常に現代的・流行的な創造領域と東京帝国大学動物学教室教授であった箕作佳吉による蝶コレクションという歴史的な学術標本との組み合わせとして、西野嘉章館長が提唱する学術標本の「デザイン資源化」の初めての試みであった。
西野館長によれば、年代物の標本箪笥のなかに封閉されていた箕作コレクションは、誰が見ても美しいと認めるような完全な姿のものばかりではない。むしろ標本の多くは虫に喰われ、なかには喰い尽くされてほとんど姿形がわからなくなっているものもあった。しかし、「時間」の流れを味方につけた、人為の関与のない「自然」の造形をこの姿形の変化のうちに見出し、標本箱に残されたモノのなかに審美的な造形パターンの存在を認め、それをデザイン要素として選び出したという。ここに人為という「アート」の力が、結果として「自然」を抱き込みながら機能していることを見逃すことはできまい。
デザイン資源という新たな観点によって発見された標本の美しさは、現代広告写真界の第一人者である写真家上田義彦氏撮影による標本写真、京都の伝統と最先端の染色技術、肌触りの良い天然繊維を使用することにより、見事にテキスタイルとして表現された。さらに、モチーフとなった標本の歴史性を内包しつつ、2009年春夏コレクションという限定的な時間性をもつ表現として色々な服飾アイテムへと展開されたモード作品は、歴史的な建築という特性を有する小石川分館の展示空間をランウェイにファッションショーを開催したことにより、物的に表現された衣服のみならず、イベントとしても歴史性と現代性の見事な交叉をわれわれに見せてくれた。分館の窓越しに見える植物園の風景をもショーの背景に取り込み、発色豊かな織物から構成されたジャケット、コート、シャツ、ドレスという衣服を通して学術標本を身にまとったモデルが次々に現れるさまは、まさに幻想的とも言える未知の世界であった。この後、滝沢氏とのコラボレーションによる「モード&サイエンス」はプレイベントのなかでシリーズ展開を行い、その都度新たな試みを重ねてきている。
二つめは、イタリアの劇団ラミナリエをコラボレイターに迎えた演劇公演、「Tu non mi conosci(あなたは私を知らない)」(2010年3月7日)である。ラミナリエは、1994年にイタリア・ボローニャにて設立され、現代演劇において独創的な表現方法を追求することを活動目的としている劇団である。ラミナリエによる本作品は、いわゆる演劇のための劇場のみならず、さまざまな空間での上演を行うことが企図されており、その固有の建築的特色に着目して作り上げることを特徴とする。したがって、個性的な場所であればあるほど、ユニークな公演が可能となる。会場となった小石川分館は歴史的建築物でありかつミュージアム空間であるという特徴から、その企てにふさわしい要件を兼ね備えていたと言えよう。すなわち、過去の建築様式を有する建物空間内で現代演劇を上演することで、過去と現代という歴史の重層性を浮かび上がらせるとともに、ミュージアムと演劇という異なる領域を融合させ、新たな芸術表現のための実験的なコラボレーションが可能となったのである。
公演の準備にあたっては、展示空間を演劇の舞台として再演出し、来日した劇団メンバーらとともに小道具として利用可能な分館所蔵の資料を発掘することも行った。主要なパフォーマーである二人の子どもは、会場である小石川分館を遊び場としながら、そこにだんだんとなじみ、「自分の場所」としていくというプロセスを経て、短期間のうちにプロフェッショナルな表現者としての成長の姿を見せてくれた。
タイトルの「あなたは私を知らない」とはデイヴィッド・クラスの小説をもとにしており、われわれにとって既知であると思われているものが刻々とその姿を変える、この変化する形を探求するというアイディアから始まる作品である。舞台上では、空気・火・土・水という四大元素をモチーフに、二人の子どもと一人の大人という異なる身体が対比的に組み合わされ、自然現象の変化のさまを時に彼らが全身で、時にそっと耳をすませるようかのように次々と表現した。歴史と現代、演劇とミュージアムといった異なるもの同士をつなぎ合わせた本公演から浮かび上がったのは、世界、自然、そして人間に共通な一種の「普遍性」ではなかったか。この点に、本イベントを通じた国際共同制作の面白さと「シアター&サイエンス」というまた一つ興味深い新たな展開可能性を見出すことができた。
三つめは、スイーツ界のピカソとも評されるピエール・エルメとのコラボレーションによるフード・イベント、「Sweets & Science / ピエール・エルメ・パリ 2011-2012コレクション“Sous le signe de Nature(自然に抱かれて)”」(2011年10月4日)である。小石川分館がエルメの新作発表会の会場に選ばれたのは、国内有数の自然誌コレクションや日本最古の植物園という立地が、庭園の草木や花の香りなどの感覚を自然界にある素材のみを使って「味覚」として表現した新作ジャルダン・シリーズにふさわしいと考えられたためである。一方、東大博物館にとっては、学術との融合を試みる表現メディアとして食文化は決して唐突なものではなく、特別展示のレセプションパーティーの際に展覧会のイメージに合わせたオリジナル料理の提供を試みた「ケータリング・フード・アート」の経験からも、IMTの目指す各種の表現メディアとのコラボレーションの実験の射程のなかにあった。
ピエール・エルメの作り出す色とりどりのマカロン、造形性にあふれるショコラやガトーは視覚的要素の重要性が強く意識された可食性の芸術作品であると言っても過言ではない。このことは、「スイーツ&サイエンス」のイベントを鑑賞にふさわしい世界としてミュージアム内に展開することを可能にした。
本イベントでは、事前の打ち合わせにより、小石川分館の「驚異の部屋」の世界観、すなわち初めての事物を目にしたときの驚きと好奇心を来場者に体験してもらうよう、どこに何が置かれているのかを示す新作案内の館内マップは敢えて作成しなかった。多くの一般的な企業にとって、人々にわかりやすい伝達方法を取ることを良しとするであろう新作発表会では、これは些か奇妙であったかもしれない。しかしながら、訪れた来場者には、クリスマスケーキの部屋(骨格標本の部屋)、ショコラの部屋(建築模型と解剖の部屋)、マカロンの部屋(貝類と鉱物の部屋)というように、創作菓子と学術標本が織りなすテーマの移り変わりに身を委ねてもらったことで、次々と新たな色彩と造形、そして新たな味覚の世界に誘われるというこれまでにない体験を提供し、斬新なプレゼンテーションのあり方とすることができたのである。また、眼の制度とも言うべきミュージアムでは、視覚的要素はわれわれにとって重要かつ親しみのある感覚であるが、人間の五感のうち味覚や嗅覚の刺激についてはミュージアムという空間内では今まで体験しがたいものであったことだろう。このように、本イベントはわれわれの感性を新たな側面から揺さぶる興味深い実験となった。
従来のミュージアムの多くは過去の遺物や既に完成された作品を収集し、陳列する場としてイメージされるだろう。そこにはミュージアムが創造性に関与する領域は少ないと考える人がほとんどではないだろうか。しかし、われわれが実現してきたプレイベントが示すように、IMTはミュージアムこそ今日において自らが主体的な行為者となり、また媒介者となる創造の場であるという姿を示そうとしている。「モード&サイエンス」、「シアター&サイエンス」、「フード(スイーツ)&サイエンス」といったプレイベントの多様性は、「アート&サイエンス」というこれまでわれわれが取り組んできた実験のヴァリエーションである。すなわち、学術標本というコレクションとそれに関する研究(=サイエンス)を活動の核とし、そこにさらなる新たな文化創造(=アート)を生み出そうとする試みの発展形を示す。
IMTがIMTたるために、ミュージアムを「プラットフォーム」として外部に開くことで、さまざまな表現メディアとのコラボレーションが実現し、プレイベントの多様性が形成されていく。そして、この多様性が多くの人々の目に触れ、興味を惹きつけ、また別のコラボレイターを獲得する。このことで、IMTにはさらなる可能性が開かれていったと言うことができよう。本号の最後に特別寄稿をいただいた台湾大学との協働展示のような国際的な活動の拡がりもその成果の一つである。このような外部に対して開放的で積極的な展開こそが今後のIMTの魅力となり、IMTの、ひいては次世代の新たなミュージアムの活動領域を開拓していく基盤となるに違いない。本稿で紹介できなかった、この発展プロセスをかたちづくるそのほかのプレイベントについては、資料として掲載した「プレイベント記録」を参照いただきたい。
数々のプレイベントの実現には、われわれの実験精神に共感し、新たな創造を生み出すための好奇心と冒険心をもって惜しみない協力をくださったさまざまなコラボレイター諸氏の存在を欠くことができない。付言するならば、大学博物館における教育研究活動として、プレイベントには多くの学生が参画し、非常に大きな貢献を果たしてくれた。このように、IMTの活動に関わる人々の多様性も創造のパワーを次々と生成し、より大きなものに高めてきたことをプレイベントに関わったIMTメンバーの一人として実感している。これまでのプレイベントに協力いただいたコラボレイターおよび学生の皆様にこの場を借りて改めて感謝申し上げるとともに、今後も多くの方々にIMTの活動にご参加いただき、開館後のIMTがさまざまな人々とのコラボレーションにより、さらに多様な創造の地平を切り開くことができることを願っている。