松本文夫(本館特任准教授/建築学)
大槌文化ハウスは、東京大学による東日本大震災の復興支援プロジェクトの一つとしてつくられた小さな文化施設である。岩手県上閉伊郡大槌町の大槌町中央公民館内に設営され、2013年9月9日にオープンした。東京大学総合研究博物館からの寄贈図書と学術標本がぐるりと配置された空間である。この施設は大槌町の方々に教育学習の機会を提供するほか、大槌町と東京大学の連携によるさまざまな活動を実践する場所になる。震災復興においてインフラなどハードの構築が先行するなかで、地域の文化を再生創成する拠点になることが期待されている。本稿では、大槌文化ハウスのプロジェクトの経緯、計画、運営および今後の支援について概要を述べる。
2011年3月11日に発生した東日本大震災により大槌町の中心市街地は甚大な被害を受けた(図1)。現人口の約一割にあたる1,284人の方が犠牲になり、現在も4,500人以上が仮設住宅で暮らしている。赤浜地区の国際沿岸海洋研究センターの存在により、東京大学は元から大槌町と関係が深かった。翌年3月には東京大学と大槌町の間で「震災復旧及び復興に向けた連携・協力に関する協定」が締結され、今も大学による総合的な支援が行われている。東京大学総合研究博物館では、震災発生のすぐ後に西野嘉章館長の発案により「モバイル・ゲル」の設営が準備された(図2)。館収蔵のモンゴル遊牧民のテントを組んで応急的な集会施設を作る案であったが、設営場所が確定できず実現には至らなかった。夏になって仮設住宅への被災者の入居が始まると、中長期な視点からの生活支援が必要となった。不足していた教育学習の環境を確保するために、和野地区の仮設住宅地に戸建の施設をつくる案が計画され、これを「文化ハウス」と仮称した(図3)。しかし、支援企業の一部撤退により資金調達の見通しが変わり、実施計画は行き詰まった。大槌町と打開策の協議を進める中で、高台にある大槌町中央公民館の一室を使わせていただくことになった。既存施設を活用すれば工事費を大幅に削減できる。2013年の春に最終実施案(図4)をまとめ、夏に設営作業が完了した。このようにして、震災後2年半を経てようやく大槌文化ハウスの実現に至った。
大槌文化ハウスの計画概要は以下の通りである。施設は大槌町中央公民館の2階にある旧談話室(床面積約53u)を内装改修してつくられた。多様な使い方に対応できるように、シンプルでフレキシブルな空間構成としている。部屋の三方に書棚を並べ、中央には大型テーブルと16人分の座席を配し、窓側と廊下側には暗幕を設けた。天井には照明設備と空調設備を新設し、プロジェクタ、スクリーン、スピーカ等の映像情報設備を備えている。日常的に読書や学習の用途に使えるほか、講演会・発表会・交流会などの会場として幅広く活用できる(図5, 6)。書棚には総合研究博物館からの寄贈図書約3,500冊が配置された。震災後に大槌町に贈るために博物館の教職員らが持ち寄ったもので、文学全集、事典、単行本、文庫本、新書、絵本、マンガなどが含まれている。また、博物館らしい文化支援として、館蔵コレクションから選ばれた学術標本4点(ウミカラマツの一種、オオアカゲラ、アンティロープ・マスク、数理模型)が展示されている。この小さな展示は、総合研究博物館が実践している「モバイルミュージアム」の一つの展開と位置付けている。施設の計画実施に至るプロセスでは、大槌町教育委員会生涯学習課(佐々木健課長)が町側の窓口となり、総合研究博物館が全体の計画立案を行った。バークレイズ・グループと新日鉄興和不動産株式会社の協賛、および地元の三浦設備株式会社の協力により設営工事が行われた。完成後の施設の管理運営は大槌町が行い、総合研究博物館はその運営に協力していく予定である。
東京大学による大槌文化ハウスにおける今後の活動について、3つの方向性が検討されている。第一に東京大学の研究者が大槌に出向いて教育支援を行うこと、第二に東京(あるいは他の場所)と大槌を双方向的な情報配信で結ぶこと、第三に東京大学の研究者が大槌をフィールドにして調査研究を深めることである。これらの活動は、大学の研究教育の機能をキャンパス外部と結びつける試みであり、プログラム全体に「東大教室@大槌」という名称が与えられた。以下に3つの方向性のアウトラインを描く。A) レクチャ系:東京大学の研究者がさまざまな分野の研究成果や最新の知見を伝えるシリーズ・レクチャを実施する。大槌や三陸や東北に関わる事象に注目することにより、町の方々が地域の自然資源や文化資源を再発見する契機になることが期待される。座学だけでなく、町民が一緒に参加して考えるワークショップ形式のイベントも実施する。B) コンテンツ系:丸の内のインターメディアテクや本郷キャンパスにおける東京大学のレクチャやイベントについて、インターネットを介してリアルタイムにコンテンツ配信を行う。大槌と他所との双方向的なやり取りができるような仕組みも構築していく。C) リサーチ系:大槌をフィールドとして、研究者が新しい研究を立ち上げる、あるいは従来の研究との関連付けを行う。たとえば、大槌固有の湧水環境における生態系の変化について、また、新しいまちづくりのデザインや文化再生の戦略についての研究実践が考えられる。レクチャについては、2013年の予定が既に確定し、町民への参加告知を進めている段階である。
大学ではさまざまな知が生み出され、大学博物館には研究成果と膨大なモノが蓄積される。東京大学総合研究博物館では、大学の学術資源をスタンドアロンで集約するだけでなく、ネットワーク化する戦略をとってきた。西野嘉章館長の構想により2006年から始まったモバイルミュージアムは、これまでに国内外で90近い実践を重ねている。「モノの流動」を博物館のネットワーク化の第一段階とすれば、「人とコンテンツの流動」はそれに引き続くフェーズであろう。研究者がある場所に出向き、知的コンテンツが異なる場所で共有される。ネットワーク化の本質はノードの間をフローする動きの生成である。モノ・人・情報が動き、それぞれの場所で応答の成果を蓄積していくことによって、ネットワーク型のシステムが築かれる。大槌文化ハウスは大学による文化支援の拠点である。東大教室@大槌という名称には、大学が外に向けて動くことによって文化支援を現実化する可能性が込められている。
大槌文化ハウスホームページ
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/ozuchi/