寺田鮎美(本館インターメディアテク寄付研究部門特任助教/文化政策・博物館論)
インターメディアテク(IMT)では、「IMTカレッジ」と名づけた複合教育プログラムに取り組んでいる。2013年7月から8月にかけて開催されたレクチャー・シリーズ「東大教室」は、3月にIMTが開館を迎えてから、初めて広く一般向けに企画したプログラムであった。開催時期を学校が夏休みとなる夏季に設定し、子どもから大人まで幅広い年齢層の人たちに参加してもらえるようなIMTオリジナルのプログラムとすることを狙いとした。「東大教室」という名前もその工夫の一つである(図1)。IMTの特徴を示すキーワードとして、IMTに並ぶ東京大学コレクションや展示・イベントの企画を担う東京大学総合研究博物館から「東大」をとり、子どもには親しみがあり、大人には懐かしい響きのある「教室」という言葉を組み合わせた。
今回の「東大教室」の企画においてもっとも重視した点は、IMTに展示する学術標本や研究資料を蓄積してきた研究者の姿を浮かび上がらせることである。現代の研究者が自分の従事する最先端の研究内容を語り、IMTで見ることのできる学術標本を新たに読み解いてみせる。このように、参加者が現代の研究者に直接触れることのできる機会を創出することで、過去と現在を、また展示物とそれに関連する大学の研究活動を創造的につなぎ合わせたいと考えた。
2013年夏季は「自然誌の教室」をテーマに、総合研究博物館の5人の若手研究者を講師に迎えた。第1回は椎野勇太特任助教(進化形態学、バイオメカニクス)による「古生物の教室」(図2)、第2回は高山浩司特任助教(植物系統進化学)による「植物の教室」(図3)、第3回は松原始特任助教(動物行動学)による「鳥類の教室」(図4)、第4回は矢後勝也助教(昆虫体系学、保全生物学)による「昆虫の教室」(図5)、第5回は黒木真理助教(魚類生態学)による「魚類の教室」(図6)という構成となった。全5回のレクチャーには、小学生から70歳代まで、延べ154名が参加した。
各回では、前半のレクチャーと後半のQ&Aの時間を設定した。「ACADEMIA(レクチャーシアター)」を会場に行われた座学のレクチャーでは、講師が研究に用いている実物の研究資料やフィールドワークの道具を持ち込み、参加者に見せてくれる場面があり、参加者からはそれらを近くで見たり触ったりすることができたのが良かったとの感想が多く寄せられた。後半は展示室内に場所を移し、関連展示物を前に自由に質疑応答を行った。これによって、目の前の展示物について、レクチャーで聞いた話とのつながりや新たな意味の発見を参加者に促すとともに、講師と参加者との間に双方向のコミュニケーションを生み出すことができた。参加者の感想にも、講師のレクチャーを受けて展示物の見方が変わったという声や、標本の前で質問できたのが良かった、講師に質問を直接ぶつけることができ、それに対して丁寧に答えてもらえたのが良かったという声があり、本企画の狙いが達成されたことが実感できた。さらに、参加者から、質問コーナーで皆がいろいろと質問していたので興味深い話が聞けた、他の参加者が出したユニークな質問に対するやりとりが面白かったという感想があり、年齢層が異なる多様な人々が一緒に参加する面白さが生み出されていたように思う。
学校教育では、通常、同じ年齢の友人と席を並べ、特に義務教育では全国的に統一化されたカリキュラムを学ぶ。そのような既存の教育システムに対し、ミュージアムは、またIMTはどのようなオルタナティヴを提供しうるだろうか。年齢を超えてさまざまな人と隣り合わせに専門家の講義を受け、順番を気にすることなく誰からでも質問を投げかける機会。これは既存の学校教育のなかにはなく、今回の「東大教室」で実現できた一つの学びのかたちであると思う。聞き手の年齢層にヴァリエーションがあることは、それぞれの知識量や人生経験が異なり、講師にとってレクチャーの組立ては容易ではなかったかもしれない。また、参加者同士が主体的に交流するためには、今回の企画だけでは時間が短かったかもしれない。しかし、そこにしか生まれない特別な学びの場が形成されたと確信する。
IMTでは、各空間について、欧文表記の象徴的名称とカタカナ表記の意味的名称の両方を付している。IMTカレッジの拠点となる「ACADEMIA(レクチャーシアター)」という場所も同様である。「ACADEMIA」とは、元々古代ギリシャの哲学者プラトンが開いた学校の名前であり、そこは知を希求する学徒が集う純理想的な学問の場であった。今日では、この名前は大学などの教育研究機関を表す普通名詞となっており、派生語のアカデミックやアカデミズムは良い意味でも悪い意味でもまさに大学を形容する言葉となっているが、古代ギリシャのアカデミアはいまの大学よりも教師と生徒の距離が近く、互いに膝を突き合わせて議論をたたかわせることができる雰囲気をもっていたに違いない。「ACADEMIA」という名称は、そのような原初的で情熱的な学びのための教室空間をイメージしている。一方、「レクチャーシアター」とは階段教室を意味し、医学部本館にある講堂の改修工事のさいに回収した机と椅子で構成された、向かい合わせの階段状の教室というこの空間の物理的特徴を言い表している。このような階段教室は、帝大時代の授業風景をおさめた写真資料にも見ることができる、伝統的な大学の「教室」スタイルである。実際に同じような階段教室に座った経験のある大人には懐古的な思いがわきあがるであろうし、大学の教室を初めて見る子どもたちの目には新鮮に映ることだろう。「東大教室」では、この名称に込めた「ACADEMIA」としての活気、「レクチャーシアター」が喚起する新旧の混交した感覚が生み出す独特の体験を提供できた手応えを感じた。
参加者からは「東大教室」の企画を継続してほしいという声を多数聞くことができたが、そのためにはさらなる工夫が必要となる。例えば、今回のプログラム運営には、当日の参加者受付や誘導を担ってくれたIMTボランティア(図7)のサポートが欠かせなかった。このような人材育成を継続的に行っていくことは今後の課題の一つである。また、本企画やIMTカレッジの取り組みに関心を寄せてくれる講師や参加者を継続的に募っていくために、既に実施したプログラムの内容について、出版物やインターネットを介し、広く情報発信する機会を設けることも課題であるだろう。
IMTカレッジという構想は学校教育と社会教育を包含した先導的な教育普及の実践体制を目標としているが、まだまだ大きな可能性を残した発展途上の段階にある。IMTに行ったら面白いことがある。多くの人にとって、IMTがそのようなさらに刺激的で創造的な場所となるための鍵の一つは、IMTカレッジの発展にあると考える。今後も、「東大教室」に続く新しい企画に積極的に取り組んでいきたい。
最後に、今回の「東大教室」の実施にあたり、講師を快くお引き受けくださった皆様をはじめ、IMTボランティアの垣中健志さん、阿部真子さん、利根川薫さん、鏡味瑞代さん、近藤梨彩子さん、太田哲也さん、森田愛海さん、西澤満理子さん(順不同)、また受付業務や記録係を担当してくれた吉川創太さんに改めて感謝申し上げたい。