IMT公開座談会
演劇創作プロジェクト「Play IMT」の始動
寺田鮎美(インターメディアテク寄付研究部門特任助教/文化政策・博物館論)
インターメディアテク(IMT)では、東京大学総合研究博物館と劇団世amI
の協働による演劇創作プロジェクトを2014年秋より始動させた。本プロジェクトは、ミュージアム空間における演劇創作の実験として、IMTの学術標本や空間のさらなる創造的な活用可能性の探求とともに、新たな演劇表現への挑戦を目標としている。
東京大学総合研究博物館はこれまでにも「Art & Science」をテーマに、大学の所蔵する学術標本や大学博物館の研究活動とファッション、現代美術、音楽、スイーツなどの異分野を架橋する活動を行ってきた。一方、世amIは俳優/演出家/演技トレーナーとして日本で活動する韓国出身の金世一氏が主宰し、東洋の演劇思想と演技論を追究していく創作団体であり、実験的な演劇創作にも意欲的に取り組んでいる。
本プロジェクトの狙いは、単に特殊な舞台としてのミュージアム空間で演劇を上演しようとするものではない。着想段階から演劇創作のプロセスにIMTのコレクションや活動、集まる人々などを有機的に取り込むことで、独自の演劇表現をIMTの空間内に結晶化させ、真の意味においてそこでしか実現することのできない演劇作品を社会に発信したい。その思いに強く動かされ、プロジェクトメンバー同士のディスカッションや展示室内でのプレ実験を重ねてきた。
そのなかで出てきた「Play IMT」というキーワードは、「演じる」と同時に「遊ぶ、楽しむ」という意味をもつ英語の「Play」を手がかりに、IMTにおける演劇創作の可能性をとことんまで探究しようという我々の姿勢の表れである。これまでの経験上、良いものづくりのためにはまず自分たちが楽しむことが重要であり、面白いことをやっていれば自然と多くの人が集まってくる。そのため、本プロジェクトの特徴の一つとして、当初から公開型の演劇創作プロセスを積み重ねていく実験に取り組もうという方向性を打ち出してきた。完成された本公演のみを打つのではなく、関連イベントとして、パフォーマンスや公開稽古等をIMT内で随時開催し、様々な人々にこのプロジェクトに参加し、意見してもらおうという趣旨である。
2014年11月7日開催の第一弾のイベントでは、「Play IMT―インターメディアテクにおける演劇創作の可能性」と題し、パフォーマンス付きの公開座談会を行った。プロジェクトメンバーを中心に一般参加者を交え、本プロジェクトの未来をオープンに語り合うことのできる場を目指した。
冒頭約5分のパフォーマンスは、階段教室のACADEMIA内に何人かの俳優が座談会の一般参加者に混じって席に着き、音楽をきっかけにゆっくりと立ち上がり、IMT空間の一つの特徴である大きな窓に向かって歩いて行くというものであった。このパフォーマンスが象徴していたように、座談会ではIMTの「空間」や演劇に関わる「場」に関するディスカッションを深めることができたように思う。本プロジェクトの発端について、金世一氏は「東洋演劇の美学をどう表現につなげるか、伝統の本質を現代にどう投影するかという自分たちが取り組んでいる実験に対して、IMTの特別な空間に刺激を受けた」と語ったほか、本館館長の西野嘉章教授は「展示会場はいわば死の世界で動くものがない。展覧会のオープニングが終着点ではなく、そこに生きたものや動くものが加わったときにどのようなクリエーションができるかに挑戦したい」と述べた。他にも、ハイブリッドなモノやコンセプトが無数に組み込まれた場所であるIMTをどのように創作に活かすか、東京駅の近くというロケーションや昭和モダニズムを代表する旧東京中央郵便局の建築がもつストーリーに沿うのか、そこは白紙にするのかといった、IMTという空間に関する多様な観点が参加者から提示されたことが印象に残った。
2015年2月6日の第二弾イベントも同じくパフォーマンス付きの公開座談会とした。前回の議論を踏まえ、今回は「もの」との関係性に焦点を当てようと試みた。そのため、パフォーマンスでは開始前に白い衣装をつけた俳優が展示室内を歩き回り、動かない展示物と生きて動く俳優の関係性の問題を緩やかに提示して見せたほか(図1)、ACADEMIA内に人体骨格模型と白鳥の剥製標本を持ち込み、10分程度のパフォーマンスを構成した(図2)。前回と異なる点は、俳優がパフォーマンスに台詞をのせたことである。画家が平凡だったはずのモデル娘の魅力に気づく瞬間を綴った竹久夢二の随筆「ある眼」を用いて、画家を演じる男優と人体骨格模型、娘を演じる(あるいは想起させる)女優たちと白鳥が関係性を結ぶことによって、死んでいるものが生きているものとして伝わっていく、その現実と非現実の交錯を描いて見せた。
座談会では、パフォーマンスを踏まえ、ミュージアムの標本特有の来歴情報を演劇創作に取り込む意味に関する議論が一つの盛り上がりを見せた。というのも、今回のパフォーマンスでは随筆から得たインスピレーションから「イメージ」として二つの標本を選んでおり、パフォーマンスを構成するにあたって、人体骨格模型が女性の骨格のレプリカであることや白鳥剥製が東京都の文化事業整理のあおりを受けた井の頭動物園由来の標本であるという背景は意識されていなかった。IMTでしか実現しない演劇創作の今後について、パフォーマーからも標本のもつ情報をもっと知りたくなった、かたちとして見えているものの背景を掘り出していきたいという意見が出たほか、観客からも次は標本がそのものとして一緒に作り上げられるような演劇をしてほしい、ものから始まるストーリーが見てみたいといった発言があった。一方で、自由なイメージの喚起がもののもつ強みであり、その意味や見方は観客に委ねられてもよいという意見も出され、ものとの関係性からどのようにIMTオリジナルの具体的なストーリーを考えていくのか、様々な可能性を探る機会となった。
これまでの2回のイベントを通して、IMTにおける演劇創作の課題として「空間」あるいは「もの」との関係性を問うことができたほか、改めて意識されたことがある。それは本プロジェクトが目指す公開型の創作プロセスという特徴である。座談会の参加者から、通常の演劇や展示のように完成されたパッケージを見せるスタイルと異なっているという指摘があったほか、ふらっと立ち寄った人の意見をもっと聞いてみたらよい、次のパフォーマンスではそれを目的に来た人もそうでない人も巻き込むことができるような仕掛けをしたらよいという意見を聞くことができた。
プロジェクト始動から半年以上を経て、「Play IMT」のコンセプトは固まりつつある。
ミュージアムの「空間」は通常の劇場空間ではない。展示空間として、完成し、成立している。そこに演劇という表現メディアが加わることで何が生まれるか。俳優は時に静止していたはずの展示空間で生きて動く闖入者となり、時に展示物の一部に溶け込んでいく。一方、展示物は時にそのまま舞台背景となり、時にそこにじっと動かない存在でありながら俳優と同じ演劇的役割を担うものに変化する。ミュージアム空間が演劇空間となり、演劇がミュージアムとなる。
ミュージアムにある「もの」は、人の目が瞬間的に捉えられる情報だけを保有しているのではない。様々な記憶を蓄積している過去の遺物には、人の目に直接触れないエピソードがある。それは事実ばかりではなく、フィクションかもしれない。演劇の言葉がそれを語り出す。
「Play IMT」が表現する演劇のストーリーは線上に進むとは限らない。観客は自分の足でIMTの空間を歩き回りながら、様々な場面のユニットに遭遇する。展示物の前に貼られたキャプションそのものがもはやフィクションのキャプションであり、俳優はもっともらしく嘘を語るかもしれない。死んでいるもの、人工物しか置かれていないはずの展示ケースの中に、生きた人間が動いているかもしれない。ミュージアムでは起こりえない光景、反対にミュージアムに特徴的な光景が次々と多面的に展開し、人々が信じているものを裏切っていく。各場面のユニットは緩やかにつながるが、組み合わせは自在である。
ミュージアムがいったい何であるのか。この演劇創作プロジェクトを通じて、人々にミュージアムの存在を強く意識させ、それが社会に存在する意味に対して再考を促したい。ミュージアムを演劇に置き換えても、この根本的な問題提起は人々に問う価値があるだろう。
現在、次の段階として我々が取り組むのは、このコンセプトに基づく具体的なストーリーと演出の仕掛け作りである。8月には第三弾のイベントとして、2階展示室COLONNADE 2での公開実験パフォーマンスを予定している。第一弾では5分、第二弾では10分と長さを伸ばしてきた我々の実験パフォーマンスはまた少し尺を伸ばし、今度は複数のユニットを同じ空間内で同時多発的に展開させてみたいと考えている。ぜひ一人の参加者として会場に足を運び、コメントをいただければ幸いである。
最後に、世amI を率いる金世一さんをはじめ、これまでにIMT内でのプレ実験やイベントのパフォーマンスに参加してくださった池田美涼さん、市川愛里さん、今村祈履さん、大久保美智子さん、金恵玲さん、久保庭尚子さん、柴田あさみさん、鈴木みらのさん、戸澤真治さん、生井みづきさん、沼上純也さん、本家徳久さん、前川衛さん、三島景太さん、吉田智恵さん、吉田俊大さん、イベントをお手伝いくださったIMTボランティアの竹川風花さん、矢野香澄さん、山本桃子さん、同サポーターの吉川創太さん、また座談会での貴重な意見交換にご参加くださったすべての皆様にこの場を借りて御礼申し上げたい。
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