東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
HOME ENGLISH SITE MAP
東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime19Number2



放射性炭素年代測定室
最先端機器で研究現場を展示するAMS公開ラボ

米田 穣(本館教授/年代学・先史人類学)
大森貴之(本館特任研究員/年代学・考古科学)
尾嵜大真(本館特任研究員/年代学・宇宙地球化学)

AMS公開ラボから何を発信できるか
 大学博物館は、通常の博物館の機能のみならず、大学が生み出す最先端の科学的な知見をいち早く紹介し、さらに知の生産現場としての大学の機能をひろく一般に示すことが求められる。総合研究博物館では、2013年に公開された東京丸の内に位置するJPタワー内の「インターメディアテク」や、2014年度に開館した後楽園の宇宙ミュージアムTeNQ内の「太陽系博物学展/リサーチセンター」、そして小石川分館や国内外でのモバイルミュージアム事業を通じて、大学博物館の展示の可能性と、サイエンスをダイナミックに発信する方法についての模索を続けてきた。TeNQのリサーチセンターには太陽系博物学寄付研究部門の研究室が併設され、研究者の営みに直接触れられる試みも展開されている。これらをさらに発展させる試みとして、知の生産現場である大学の「研究現場」をそのまま見せる、新たな展示空間を本郷キャンパスの博物館本館に構築中である。
 新たな「研究現場展示」の一翼を担う「AMS公開ラボ」が2015年3月に竣工し、放射性炭素(炭素14)年代測定の前処理実験室ならびにAMS(加速器質量分析装置)を中心とする展示空間が完成した(図1)。この装置と実験室は、学内共同利用施設として様々な部局から寄せられた資料の炭素14年代を測定する放射性炭素年代測定室の実験作業のために用いられると同時に、炭素14年代に係わる幅広い領域の研究現場を直接的に体感できる情報発信装置としての機能を備えることになる。
 その中心をなす装置が、ごくわずかな割合(現代の炭素で約1兆個に1つ)しか含まれない炭素14を効率よく、ごく微量で測定することを実現したコンパクトAMS装置(米国National Electrostatics Corp.製1.5SDH-1)である。なぜ、サイエンスの営みを発信するための装置としてコンパクトAMSが選ばれたのであろうか。その理由のひとつは、日常生活で目にすることが少ない大型装置がもつ、独特のビジュアルインパクトである。もともと核物理学実験で用いられた大型の汎用加速器を応用するAMS測定であるが、炭素14測定に特化して、必要最小限のコンポーネントで構成されたのが、今回導入されたコンパクトAMSだ。通常の大型加速器は、放射線発生装置として放射線管理区域内に設置されており、一般の目に触れることは少ない。それに対し、この装置では50万ボルトという比較的低い電圧で効率よく炭素14の割合を測定できるため、管理区域外でAMS測定が可能となり、展示空間への設置が実現した。「コンパクト」とはいうものの、イオン源から検出器まで、イオンの軌跡は約11メートルもあり、そこここの部品からは大型加速器に由来する雰囲気を感じ取ってもらえるだろう。今回の展示では、壁の色と架台の色を統一し、照明にも工夫を凝らすことで装置の存在感が一層際立つものとなっている。
 この装置を用いて行われる炭素14を用いた研究も、東京大学が係わる広範囲な学術活動を示すコンテンツとして魅力的だ。従来法ではグラム単位の炭素が必要だった炭素14年代測定が、AMS法ではわずか1ミリグラムの炭素で可能となり、貴重な博物資料における年代測定がAMS法によって格段に拡がった。放射性炭素年代測定室でも、原子力研究総合センター(当時)MALTに導入された大型加速器を利用して、AMS法の実資料への応用開発に取り組み、2011年度まで測定業務をMALTで行ってきた。一方、炭素14年代測定の応用分野が、考古学や人類学のみならず、地球科学や環境科学に展開するにつれ、より高精度な測定が可能な専用加速器への要望が高まり、学内各部門や学外からの多くの要望をうけ本館に本装置が導入されることとなったのである。
 現在、年代測定室で測定している資料は、文化史に係わる考古学や歴史学のみならず、地層やサンゴなどの地球科学分野や、様々な環境撹乱因子や炭素循環に係わる環境学、ヒトの進化を研究する人類学など様々な分野に由来する。耳かき1杯にも満たない炭の粉の背景には、発掘現場から深海まで様々な調査現場における、研究者の汗と努力と創意工夫が秘められている。そのような様々な現場における研究に対するパッションをこの研究現場展示から伝えていきたい。(米田穣)

加速器を展示する
 AMS装置を常設の展示空間へ設置する試みは、世界に例がない。総重量は10トンを超え、約5メートル四方に展開するこの大型装置を、博物館本館の展示室に新設したガラス張りの研究室、「AMS公開ラボ」へ収めること自体、ひとつの大きな挑戦であった。
 世界中の加速器施設を手がけるNECも、当然、“魅せる加速器”に携わった経験はこれまでにない。展示空間との調和や、メカニカルな美しさの強調、実験室としての機能性も忘れてはならない。これらの要請に対して、総合研究博物館ミュージアム・テクノロジー寄付研究部門やインターメディアテク寄付研究部門とともに協働、協議を重ね、博物館オリジナルのコンパクトAMS装置がデザインされることとなった。これらは、導入計画が具体化した2012年度末からおよそ1年半以上の歳月を要した。
 2014年末、製造元からコンパクトAMS装置が完成したとの報告を受け、博物館側の受け入れ態勢を本格化させた。装置の設置は、国内随一の加速器取り扱い実績を誇る伯東(株)が中心的役割を担い、運搬スケジュールの設定から、「AMS公開ラボ」内での装置の配置決めや周辺設備の整備まで、着々と準備が進められた。
 作業が進捗し導入計画が具体化すればするほど、大小さまざまな問題が表出してくるものである。特に「AMS公開ラボ」までの搬入経路や「AMS公開ラボ」の狭さについては大きな障害となった。
 一般的な加速器施設では、大型設備の搬出入を考慮した広い扉口を持ち、装置の位置合わせを行うための測量可能な見通しの良い建築物が新たに採用される場合が多い。博物館の場合、装置搬入用大型車両のアクセス自体が困難で、フォークリフトやハンドフォークを用い細心の注意を払いながらの長距離運搬が必要であった(図2)。実際、本学赤門付近まで搬入した装置を一度その場で開梱し、博物館の正面玄関から展示室を通過して「AMS公開ラボ」までたどる搬入経路はこれまでに例がない大がかりなものであった。
 AMS装置の構成は、イオン源、入射電磁石、加速器、分析電磁石、検出器の5つのモジュールから構成される。それぞれの役割は簡単で、まずイオン源により分析試料から炭素イオンを発生させることからはじまる(イオン化すると電磁気力により炭素イオンを操作できるようになる)。炭素イオンは入射電磁石で加速器に導入され、加速器によって加速された炭素イオンは分析電磁石を通過することで炭素14が振り分けられる。これを検出器で計測すれば炭素14年代を求めるためのデータが得られる仕組みだ。
 2015年2月中旬から開始したコンパクトAMS装置の設置は、これらのモジュールを「AMS公開ラボ」に設置した基準点に従って、高い精度で配置し組み上げることにある(図3)。配置が1ミリ以内、角度が1度以内のわずかなズレでさえ、イオン源から検出器までに至るイオンの軌跡に影響を及ぼし、運転の障害になってしまう。武骨な全体像からは想像のつかない、繊細な世界である。「AMS公開ラボ」の限られた装置展示スペースでは、通常よりも多くの基準点を用意し、極めて慎重な調整が必要であった。
 イタリアのカラーラ産の大理石、ニュージーランド北島やアメリカ合衆国ウィスコンシン州の低湿地遺跡から出土した樹木など、国際原子力機関が炭素14測定のための標準試料が提供されており、それぞれ合意値が定められている。装置導入後、試験運転で分析したこれら標準試料では、合意値と非常に良い一致が見られ、測定誤差はマシンスペックである0.3%を下回っている。最新鋭装置の性能の高さを伺わせる結果だ。
 AMS装置のもとには、あらゆる分野の研究が“年代を決定する”というひとつの目的のもとに集合する。「AMS公開ラボ」では、発掘調査や地質巡検、海洋調査など、様々な野外調査で収集される資料だけでなく、資料採取現場や試料の背景からスタートし、高精度に得られたデータが先端研究の基軸として幅広く発信されていくまでの一連の過程を、AMS装置を中心に、展開してゆくこととなるだろう。(大森貴之)

炭素14を用いた研究の展開
 炭素14年代測定法は1940年代後半にシカゴ大のW. リビー博士らによって確立された。この方法では炭素14という放射性同位体が5730年で半分となる性質を利用し、試料中の炭素14の存在量から年代を決める。天然に存在する同位体は地球科学などの分野で広く利用されており、炭素14も年代決定法にとどまらず、自然環境中でのトレーサーなどとしても利用されている。年代決定法としては、生物を構成する必須元素の一つである炭素の同位体を用いることから主に生物を起源とした物質の年代決定に利用され、適用可能な年代がおよそ5万年前までということから人類学、考古学、歴史学などの分野での利用も多い。
 ただし、炭素14年代は炭素14の存在量からの算出過程においていくつかの仮定をしており、実際の暦年代とは必ずしも一致しない。そのために1990年代からは較正曲線と呼ばれる暦年代と炭素14年代を対応させるデータベースが作成されはじめ、この較正曲線を用いることで暦年代が得られるようになった炭素14年代測定は年代決定法として実用的なものとなった。日本においても縄文時代や弥生時代の開始時期に関する議論において炭素14年代測定の果たした役割は極めて大きい。
 較正曲線は、年代のわかっている試料の炭素14年代を測定して、作成される。試料には樹木年輪試料などが用いられ、国際的な較正曲線の作成のために多くの試料の測定値が蓄積されてきた。そんな中、測定装置であるAMSの開発など、測定技術の革新によって炭素14年代測定が高精度化されてくると、較正曲線が全地球的に統一的なものではなく、地域や時期によっては異なる場合もありうることが明らかとなってきた。年代決定法としての炭素14年代測定は較正曲線の作成により実用的なものとなったが、炭素14の測定精度の向上に伴い、より正確な年代決定のためには用いる較正曲線がそれぞれの試料に適したものであることが求められるようになり、現在、さまざまな地域や時期における適切な較正曲線の検証が行われつつある。
 炭素14測定の専用機であるコンパクトAMSの博物館への導入は現役バリバリの先端的な測定装置の公開展示という役割もあるが、「現役バリバリ」という展示物としての一番の大きな意味も示していかなければならない。それは、装置本来の機能を十二分に発揮して、研究資料としての基本情報の一つとなりうる年代を与えることである。
 年代測定室では、これまで炭素14測定のみではなく、研究のための「資料」から装置で測定できる「試料」までの処理を行ってきた。資料にはさまざまな種類のものがあり、それぞれに適した処理法がある。たとえば、遺跡から発掘された資料に対しては埋没中の汚染を除去するために酸やアルカリの溶液によって溶出させたり、骨資料では変質していないコラーゲンを抽出したりする。新しい種類の資料についての依頼があれば、それに適した処理法の開発が求められ、年代測定室では資料を採取した研究者とともに新たな処理法の研究・開発も積極的に実施している。資料の処理、測定試料の調製、そして、測定までを一貫して行うことで、得られる結果の数値的な精度だけではない、データの質を保証することも可能となる。AMS公開ラボに併設された実験室では、これらの前処理についても見学できることになる。
 炭素14年代法による年代決定においては、資料の炭素14年代を高精度で測定することも必要であるが、上述したように適切な較正曲線を用いる必要がある。より実年代に近づけることが可能になれば、氷床コアや年縞堆積物のように別の方法で年代決定された高分解能な古気候データと、例えば人間活動を直接対比して議論することが可能になる。年代測定室では、新たに本館所属となったタンデム加速器分析室(MALT)や本学大気海洋研究所のSS-AMS、筑波大学UTTACと連携しつつ、日本におけるAMS研究の新たな展開を「研究現場展示」する。(尾嵜大真)

謝辞
 本施設の設置要望にあたり、本学の各部局から多大なるご支援を頂いた。展示室の設計・デザイン・施工には本学施設部と綾井新建築設計、本館の松本文夫特任教授・洪恒夫特任教授のご協力を頂いた。加速器の仕様変更ならびに設置には伯東(株)にご尽力頂いた。また、(株)パレオ・ラボには、AMS測定にあたって技術協力を頂いた。記して謝意を表する。

ウロボロスVolume20 Number1のトップページへ


図1 本館「AMS公開ラボ」に導入された
コンパクトAMS装置の全景.

図2 分析電磁石搬入の様子(本館正面玄関前).
分析電磁石の重量は約4.5トン.

図3 測量機器を使って分析電磁石の位置を合わせる.