東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime15Number2-3



マクロ先端研究発信グループ共同活動
マクロ先端科学にふれるハンズオン・ギャラリー

門脇誠二(名古屋大学博物館助教/西アジア考古学)
黒木真理(本館助教/魚類生態学)
矢後勝也(本館特任研究員/昆虫体系学、保全生物学)
鶴見英成(本館特任研究員/アンデス考古学、文化人類学)

 独立行政法人科学技術振興機構による地域の科学舎推進事業地域活動支援を受け、2010年10月3日に「マクロ先端科学にふれるハンズオン・ギャラリー」が本館にて実施された。このイベントでは、「生き物と人との関わり」というテーマに関連した4つの展示ギャラリーが設けられた。それぞれ場所で、参加者の方々には解説員との対話や学術標本の身近な観察あるいは簡単な実験を通して、マクロ先端科学の一端にふれていただいた。
 企画・実行した4名が、企画を振り返るべく座談会を開いた。なお文中ではそれぞれの展示内容を表すために、牛=門脇、魚=黒木、虫=矢後、アルパカ=鶴見としている。

企画について
牛:来館者が標本にふれる、顕微鏡をのぞく、工作的な作業を行う…ハンズオンコーナーが展示場の一部に組み込まれる例は珍しくない。多くは展示の中に変化をつけ閲覧者の興味を継続させる、いわば「オマケ」的な役割だと思うが、今回の「ハンズオン・ギャラリー」はむしろ、ハンズオン展示を中心としている点が特徴だと思う。
魚:私たち自身が実際に「今」取り組んでいる研究の瑞々しい素材を取り上げたことも際立った特徴だろう。完結された研究ではない現場の臨場感が研究者と来館者の距離を縮めて、より濃密な「ハンズオン・ギャラリー」の空間を作ることができるのではないか。
牛:人に身近な事象に取り組むマクロ研究の特徴をいかして、「研究者と来館者との対話」や「来館者による学術標本の体験」から、高度な専門研究を一般に分かり易く伝えることを目指した。そのためには標本を間近に観察することに加え、研究者と対話することが重要だ。何をどのように見ながら研究が進んでいくのか、その現場の雰囲気にふれていただくという狙いがあった。
魚:とかくミクロに進みがちな現代科学の中にあって、マクロで包括的な科学を復活させるという視点は、むしろ今だからこそ限りなく貴重であると思う。
虫:私は「自然史と文化史の融合」に本企画の独自性や新規性があったと思う。それぞれ分野の異なる研究者同士が、マクロ先端研究という共通の高い意識を持ちながら知恵を絞り、多面的に「生き物と人との関わり」という共通のテーマをめざしたところがよかった。各々がA4サイズ1ページの解説資料を作成し、1つに綴じて配布したのも効率的だった。
魚:確かに一見ばらばらに見える今回の4つの展示ギャラリーで、研究の方向性・方法論の点で幾つも共通性を見出すことができた。例えば、今に残っている考古標本から古代の生活を復元する考古学と同様に、現在の耳石という標本を用いて個々の魚の過去の生活履歴の復元を試みている。異なる分野の研究に共通性があることを見て取ってもらい、来館者に関心をもっていただけるよう努めた。
虫:生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が日本で開催された本年に、本企画のテーマ「生き物と人との関わり」を通して、人間社会は幾つもの側面から生物多様性に支えられている事実を参加者が認識し、今後の未来を考える場となることにも期待した。
アルパカ:私は研究内容だけでなく、研究者の活動自体を見ていただくという点を重視した。各自のフィールドワーク時の服装を着てくるよう提言したのもそのため。

ギャラリー紹介
アルパカ:最初、お祭りの屋台のようにどの順番で回ってもいいという構想だったが、完全に参加者に判断を任せるのは難しいと判断し、グループに分けてそれぞれ回る順序を指定させていただくことにした。

ギャラリー1:耳石が語る魚の生活史
 耳石という小さな硬組織から魚の個体の年齢や日齢、誕生日や成長率までわかること、近年では耳石に蓄積された重金属などの微量元素から、魚が経験してきた環境も推定できることなど、魚類生態学における耳石の役割について解説した。また、身近に生息する様々な魚類の耳石を顕微鏡観察し、アユ稚魚の耳石を摘出・観察してもらった。

魚:魚をまな板やお皿の上でなく、顕微鏡を通して詳細に観察することで、普段と違った視点で感じてもらうことに重点をおいた。数mmの小さな耳石の結晶を来館者が顕微鏡を使って限られた時間内で探せるか不安だったが、年齢や作業時間も考慮しつつ適切に補助することで、最終的にはほぼ全員が耳石を見つけることができた。美しい同心円状の輪紋を見た時には驚きの声が聞こえた。耳石は記念に持ち帰っていただいた。
牛:耳石の摘出は、研究標本を採集する作業という意味で、考古学の発掘に似た面白さを感じた。マクロ先端科学に共通する特徴として、標本採集の体感的面白さがあると思う。

ギャラリー2:昆虫からさぐる東京の環境変化
 近年、東京では見かける昆虫の種類に大きな変化が現れている。その原因には、地球温暖化や開発、植栽、外来種の影響など、様々な環境問題があげられる。本企画では、東京の環境変化を代表する昆虫の標本や生体を用意して、虫の変化から次世代に受け継ぐべき環境を考えることをねらいとした。開催中であった「昆虫展」(本誌9〜10ページ参照)の展示場でギャラリー解説を行った。

虫: 学術標本だけでなく、実際に身近に生息する環境変化を代表した昆虫の生体、つまり「生きた昆虫」も見て触れていただくことで、より地球温暖化による昆虫相の変化を感じてもらいたかった。動きのある昆虫を眺めると、標本だけでは感じられない現実味と深刻さがより伝わる。配付資料は解説中の補助になったが、本企画終了後、掲載したメールアドレスを頼りに連絡をくれた方も何人かいた。
牛・魚・アルパカ:本館2階の特別展会場のギャラリー2には行く余裕がなく、見に行けませんでした。
虫:私もそちらを見られなかったのがとても残念でした。

ギャラリー3:古代アンデスにおけるワタとアルパカ
 古代アンデスの織物、およびその素材である生物として、ワタやアルパカ毛皮、染料となるカイガラムシなどを展示。アルパカとリャマの毛の手触りの違い、焦がしたアルパカ毛と綿糸を匂いで判別する、などの体験展示を用意した。また大学院生らによる、遺跡土壌を水洗し、微細な有機物を回収するライブパフォーマンスを披露した。なお織物は解説とは別に、複数点を壁面に展示した。

アルパカ: 直接触れるものは少なかったが、ガラスケース越しでないというだけで、より熱心に見てくださったようだ。
牛:同じ標本採集でも魚の耳石と違い、発掘作業をハンズオンで体験していただくことは難しい。その点で、土壌水洗による微細遺物の回収は、考古標本を採集する時の面白さを伝える方法の1つであると思った。それぞれの分野における手腕や工夫という点をテーマにした展示活動もありかもしれない。 アルパカ:ネズミの骨とか、私にとっては想定内の遺物しか見つからなかったが、今まさに土中から見つかったということで、皆さん食い入るように見てくださった。

ギャラリー4:古代メソポタミアのムギとウシ
 古代西アジアで栽培家畜化されたムギやウシ、あるいはムギを栽培・加工するための道具は、破片として見つかる場合がほとんどである。考古学者がその破片を分析し、過去の生活や社会を復元する手法を紹介するために、現代のムギやウシの骨格標本と考古標本を並べて比較したほか、実験的に製作した石器を来館者に観察・使用していただいた。

牛:ムギもウシも、食べ物として人が長いあいだ利用してきた生物で、どちらの利用も西アジアに起源がある。日本とは縁遠い地域と考えられがちだが、ふだん口にするパンやミルクにも古代西アジアとの関連があるということを知っていただきたかった。
アルパカ:私と同じく考古学の展示だが、食を扱う点でより意外性があったと思う。小麦がパンになるのは知っていても、実際に石臼で挽く機会はまずない。やってみると小麦の種類によって挽きやすさがまるで違う。人間の資源利用における品種の多様性の重要さを、あらためて考えさせられた。また手に取れるレプリカの石器など、ハンズオンの機会が充実していて楽しめた。

当日を振り返って
アルパカ:1階講義室の3方にギャラリー1,3,4を、2階にギャラリー2を設置し、各自「仕事着」を着て来館者を迎えた。
牛:「仕事着」の着用によって解説員も展示の一部となり、研究現場の臨場感が伝えられたと思う。参加者の反応も良かった。
虫:昆虫の標本展示や生体展示では、特に若い世代や子供達に受けがよかった。
アルパカ:企画当初に挙げていた「参加者180人」は今思えばとうてい無理だった。結果的に、今回我々としても適切な規模・段取りが見えたように思う。ただ、若い世代を念頭に置いて準備したわりに、中高生が少なかった。単純に広報戦略のミスだったかと思う。大学生にももっと呼びかければ良かった。
虫:アンケート結果が非常に好評だったことからも、展示方法や内容については自信を持っていいと考えるが、参加者から「こんなに面白いのに、あまり宣伝していないですね」という意見が多かった。参加の動機としてポスターのような広告が上位、意外にもインターネットが下位であった。地域での様々な人脈などを活かした宣伝方法が必要だと感じた。
虫:研究対象そのものだけでなく、研究で用いる道具を研究者と共に触れることで、研究者の気分を味わっていただいた。
アルパカ:一方で、標本の性質上何でも触ってOKというわけにはいかなかった。私は様々な標本を参加者どうしが手渡しして、じっくり観察していただいたが、それすら難しいデリケートな標本は私自身の手で扱った。皆悩んだのでは?
牛:石器はデリケートというわけではないが、遺跡から破片の状態で見つかるし、しかも現代とはかけ離れた道具なので、それが実際にどう使われていたか、いくらじっくり観察しても分かっていただけないと思った。そこで穀物の収穫鎌や製粉具のレプリカを作成し、石器が過去に使用されていたときの道具の姿を復元し、実際に使用もしていただいた。石器の機能を体感的に理解していただけたと思う。
虫:一般に昆虫の展示では、かなり大きな標本箱に標本を入れて壁などに備え付けるため、参加者にとってはやや近付き難いところがあった。今回はハンズオンのコンセプトにより、手に取りやすい軽くて小さな標本箱に昆虫標本を入れることで、より親近感を持っていただくよう心掛けた。参加者自身がある程度見たい角度から見られるという利点もあった。
アルパカ:学術標本を参加者の間で回す際、指では触れなくともケース全体を揺すったり、じっくり写真を撮ったり、予想外の挙動がいろいろあった。
魚:魚なら全ての個体がもつ耳石という比較的ありふれた素材を展示対象として準備した。しかし、もし素材が魚類の学術標本であった場合は、スムーズにはいかなかっただろう。瓶に入って既に色褪せた液浸標本等は、与えるインパクトの点でも問題がある。こうした学術標本を今後ハンズオンとして活用するためには標本作製法や見せ方にも工夫が必要となる。
牛:ハンズオン展示の必然性や長所についてはどのように考えたか?
魚:本や講義だけでは実感として理解するのが難しいマクロ科学について、研究対象のモノを実際に手に取って体感してもらうことで、一瞬にして包括的理解へ導くには、このハンズオン形式は極めて効果的な方法だと思う。
虫:解説員ではなく私たち研究者による展示・解説に加え、学術標本に直に触れていただくことで、これまでだと参加者が単に見て通り過ぎたかもしれない展示に強く興味を持ち、研究内容もより分かりやすく、親しんで理解いただけたのではないか。
アルパカ:準備中は展示という意識があまりなく、講義に近い感覚だったが、始めて見ると予想以上にインタラクティブな進行となった。参加者の反応を見るうち自然と、重点の置き方が変わった。
魚:一方通行になりがちな講義に比べ、私自身も参加者の感想や意見を直接聞くことができ、思いもかけない研究のヒントを得るよい機会となった。
虫:直接的に参加者と対話し、学術標本を通して触れ合うことで、理解が難しいかもしれないマクロ先端科学をかみ砕いて伝えることができ、大いに研究発信できたのではないか、また私たちの存在意義を訴えることもできたと考える。

これからどう継続・展開させるか
牛:1つの案として、モバイル・ミュージアムと出張講演の中間的な研究発信方法として利用できないかと考えている。館内での定期的開催も重要だが、館外での出張講演でもハンズオンの標本を用い、研究現場の臨場感をより効果的に発信できる。一方、モバイル・ミュージアムとの違いは、閲覧者が展示者とコミュニケーションがとれるということである。
魚:出張講演の時には必ずハンズオンできる標本を持っていく講演形式に限りなく近いものから、モバイル・ミュージアム時に定期的に展示解説者の出張をつけるというモバイルの変形まで、目的に応じて様々な展開が考えられる。
アルパカ:出張講演での展示は実際に始めてみた。講演の規模や会場に左右されるが、運びやすさや安全性といったハードルをクリアする標本をいくつか確保しておくと対応できる。講演の前後や休憩時に皆さんよく見てくださり、質問も出る。
虫:館外の機会として、他の博物館や中学・高校のような教育現場が最適ではないか。いずれも下地は出来ており、私たちの今後の教育普及活動にも大いに繋がるし、学術交流の場にもなるだろう。



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図1 本館1階講義室で実施されたギャラリー1、3、4
(ギャラリー2は本館2階特別展会場で実施、
本誌21ページ参照)


図2 様々な魚類の耳石の顕微鏡観察と
アユ稚魚から耳石を摘出する体験
(ギャラリー1)


図3 東京の環境変化を表す昆虫の標本や
生体に触れる体験(ギャラリー2)


図4 遺跡の土壌から微細な有機物を探す
ライブパフォーマンス(ギャラリー3)


図5 数千年前の西アジア農村遺跡に残された灰に含まれる
植物珪酸体からムギを同定する顕微鏡観察の体験
(ギャラリー4)