東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime18Number2



ハンズオン
学術資料・標本をつくるハンズオン・ギャラリー

椎野勇太(本館特任助教/進化形態学・バイオメカニクス)
山浩司(本館特任助教/植物系統進化学)
佐野勝宏(本館特任助教/先史考古学)
鶴見英成(本館助教/アンデス考古学・文化人類学)
石井龍太(本館特任研究員/歴史考古学)
矢後勝也(本館助教/昆虫体系学・保全生物学)
尾嵜大真(本館特任研究員/年代学・宇宙・地球化学)
小薮大輔(本館特任助教/比較形態学・進化発生学)
服部創紀(東京大学大学院博士課程/機能形態学・古生物学)
久保麦野(本館学振特別研究員PD/進化生態学・古生物学)
黒木真理(本館特任研究員/魚類生態学)

 マクロ先端研究発信グループの共同活動として、展示標本を手にとって学習する「ハンズオン・ギャラリー」が、平成22年度から継続的に実施されてきた。この活動は、様々な専門分野の研究者が設定した共通のテーマに沿って、標本の観察・計測・実験を行い、最先端の研究内容にふれながらも、研究者間に共通してみられる視点や手法を体感できる新規性の高い学術コミュニケーション活動として位置づけられている。平成25年度の第4回目は、「学術資料・標本をつくるハンズオン・ギャラリー」として開催された。手にしたばかりのモノが、学術知へと変貌する過程を体験してもらうために、化石、石器、土器、植物、昆虫、哺乳類、魚類といった多様な資料・標本を題材とした。

ハンズオン4
 発掘したての遺物や採集したばかりの生物は、そのままの姿で直接研究に使われることはまずない。掘り出した化石や考古資料には泥やゴミがこびり付いているだろうし、生物を研究するにも観察や実験用の下処理が必要になるかもしれない。そういった未処理のモノは、「資料・標本」のかたちとなってはじめて研究することができる。一度保存された資料や標本は、学術研究の再現性を保証するだけでなく、またそこから新しい知を創出する源泉として蓄積されてゆく。学問の進展が「資料・標本」へとフィードバックされ、革新的なハイブリッド研究を生み出す可能性も多分に秘めている。
 手にしたモノが資料や標本になる過程は、研究の分野によって大きく異なる。同じ分野だとしても、解決したい問題や、捉えたい現象のスケールによって研究方法は変わり、必然的に「資料化・標本化」の方法も違ってくる。つまり、モノを資料や標本にする方法論に画一性は存在しない。学術資料や標本の背景には、研究者の持つ独創的なアイディアと、適切な学術知を抜き出すための職人技が隠されている。
 研究活動と保存機能を両立させた大学博物館は、常にモノと向き合い、その個性を最大限に引き出せるような工夫をこらしている。これまでの「ハンズオン」は、既存の資料・標本に基づく学術知の探索をテーマとして行われてきた。そういった学究面をさらに広げ、モノの学術面を浮き彫りにする資料化や標本化をテーマとした企画が、今回のハンズオン4である。特に、発掘・採集・解剖といった3つの基本的な研究方法を各日のサブテーマとして掲げ、3回の活動日の中に計7つのギャラリーを展開した。各回とも所要時間を長く取り(10:00〜17:00)、研究作業を体験してもらうギャラリーと、保存機能を備えたバックヤードを見学してもらうことで、資料・標本を介した大学博物館の取り組みを十分に体感してもらった。

第1回「発掘のあとに:化石・石器・土器を洗浄・拓本・撮影する」(2013年7月27日)
 古生物学と考古学は、野外調査および発掘作業という共通の研究工程を踏む。「化石」と「石器・土器」というそれぞれの発掘品を洗い、細部を写し取り、拡大写真を撮ることで、両者の性格の違いと先端研究に必要な基礎データが構築されていく過程を紹介した(図1)。
 「ギャラリー1 発掘のあとに:洗浄」は、椎野が担当した。採集した貝化石を洗浄し、適切な下処理を施すことで、殻の内外に残された形の二面性を浮き彫りにできる。普段は意識しない貝殻の表面装飾や、内面に残される筋肉痕を観察してもらい、形から考えられる古生態を解説した。
 「ギャラリー2 発掘のあとに:拓本」は、鶴見・石井が担当した。画仙紙と墨打ち具タンポを用いた採拓作業「拓本」は、資料の実測図や写真撮影だけでは理解できない精緻な形状を映し取り、また特徴を選別した図化を行うこともできる。肉眼で捉えにくい形状を自分で発見する楽しさを経験してもらうとともに、伝統的な手法に込められた研究者の工夫を紹介した。
 「ギャラリー3 発掘のあとに:撮影」は、佐野が担当した。かつて人類が使っていた石器には、製作過程や用途に応じた痕跡が残されている。参加者はそれらの製作・使用痕跡を適切な照明環境によって映し出し、様々な資料に秘められたストーリーを読み取ってもらった。
 3つのギャラリーは、形を読み解く点で共通する。しかし、情報を抽出する手法は三者三様であり、得られる結果も違っている。研究工程の一部である資料・標本作成を通して、生み出される学術知の多様性を体験してもらった。

第2回「採集のあとに:植物・昆虫を標本にする」(2013年8月3日)
 地球上で最大の多様性を誇る昆虫の成功は、植物が生み出した物質や環境に由るところが大きい。両者の深い関わり合いを野外にて感じてもらい、採集した昆虫と植物の標本作成を体験してもらった(図2)。また、植物に残された環境情報を抽出するために、樹木から採集した年輪資料の解析に挑戦してもらった。本回は本学理学系研究科附属小石川植物園との共同開催であり、午前中に行った植物園での野外採集、午後から行った本館における標本作成を通して、ふだん研究者が取り組んでいる一連の作業を体験してもらった。
 「ギャラリー4 採集のあとに:展翅・展足」は、矢後が担当した。昆虫を捕虫網で採集した後に、チョウやガは翅を開いて固定する「展翅」、クワガタやセミ、バッタは脚部を固定する「展足」、トンボやハエは「胸部固定」のみを行うなど、種の分類形質によって異なる昆虫の標本作成法を体験させた。この作業から各環境に適応した形や種を認識してもらうとともに、多くの昆虫標本から昆虫相の変遷を調べることで、あらゆる環境変化を伺い知ることができることも解説した。
 「ギャラリー5 採集のあとに:研磨・検境」は、尾嵜が担当した。樹木の年輪とは、毎年の環境情報をその身に刻んだ成長縞である。生かしたまま樹木の年輪を解析するには、断面を見るための切断をせず、部分的に細く刳り貫いた木の幹を用いて行われる。この資料を研磨することで年輪の縞模様を可視化し、それらの間隔から樹木に刻まれた環境情報の復元方法を解説した。
 「ギャラリー6 採集のあとに:乾燥・貼付」は、山が担当した。植物の立体構造を平面に凝縮し、多くの形態情報を抽出可能な状態に保存する“おし葉標本”の作成作業を体験してもらった。また、自然史研究における証拠としての標本の重要性や、標本資料の蓄積により見えてくる植物の分布や環境の変化についても解説した。
 3つのギャラリーでは、参加者自ら野外で生物を採集し、学術標本に仕立てるまでの一連の作業を体験してもらった。昆虫・植物・樹木の材とそれぞれに大きく異なる標本作成の方法があることだけでなく、採集した生物種によっても様々な工夫を凝らすことで、美しくて多くの情報を含んだ標本を作成することが重要であることを解説した。

第3回「解剖のあとに:動物を骨格標本にする」(2013年8月4日)
 動物の遺体は、生物の謎を解くために不可欠なものである。しかし、遺体をそのままの状態で保存することはできない。生物体を研究や教育に活用するだけでなく、その生物を標本として後世に残す一つの方法は、動物の遺体を骨格標本化することだ。博物館で行っている骨格標本作りを通して、脊椎動物の体づくりを観察してもらった(図3)。
 小薮・服部・久保・黒木が担当した「ギャラリー7 解剖のあとに:動物を骨格標本にする」では、共通の題材である動物の遺体から骨格へ至る過程と、それらの段階に応じて異なる着眼点が重要となる。まず、遺体を解剖することによって、筋骨格系の配置とそれに付随する運動様式を知ることができる。また、骨格に残された表面形状を読み解けば、骨格の役割をより詳細に理解することができる。参加者は、解剖中の遺体観察や、すでに骨格となった標本の型取りなど、適切にユニット化された作業を通して、多階層に跨る学術知を見出すことができた(図4)。温熱処理を施した遺体を用いることで、解剖から骨格へ至る過程を同時かつ円滑に体験してもらった。また、生物を固定液によって恒久的な状態にした液浸標本は、骨格化しない保存方法の一つである。魚類の液浸標本をバックヤード見学で紹介し、骨格標本を引き合いに出しながら両者の利点を比較してもらった(図3:下)。

反応、課題、そして展望
 3日間の参加者数は、当初予定していた定員数をオーバーする合計50名であった。うち児童・生徒層は3割を占め、例年の課題でもある若年層の参加拡充に一定の改善が見られている。これは、先端性の強い学術企画というよりも、資料や標本を制作する「ハンズオン」の性質が強く押し出されたことに起因するかもしれない。特に第3回「解剖のあとに」では、若年層の好奇心旺盛な解剖作業に驚かされ、その積極さに一部のサポート講師陣が尻込みしてしまうほどであった。ここに、次世代の学術研究が発展する確かな兆しを感じ取ることができた。後日、内容について質問の問い合わせが来るなど、義務教育課程では教わる機会がきわめて少ない専門的な作業に強い興味を持っていただいたようであった。
 一連の成功に反して、企画とその進行には大きな課題が残されている。ハンズオン企画の性質上、一人の講師が多数の参加者を相手にすることは不向きである。参加人数に強い制約がかかるため、必然的に小規模な宣伝にならざるを得ず、参加希望者にとってはきわめて不親切な広報となってしまった。
 また、資料・標本の多様化に伴って、講師の数も回を追うごとに増加している。規模の増加と分野の離散化が進めば、企画の命題と各回もしくは各ギャラリーのテーマに関連性を持たせることが難しくなるだろう。ある程度の一貫性を備えたテーマ設定には、講師が得意とする研究の性質を講師同士が十分に理解し、それぞれの専門性に潜む異質性および共通性を効果的にブレンドしなくてはならない。ときには、一人の講師を機軸とした企画進行になるかもしれないし、あるいはその講師が後衛として裏方に徹することもあるだろう。しかし、そこには利点もある。ハンズオン4の変則的なギャラリー展開のように、テーマに応じた学術知の柔軟な融合・循環こそが、多様性の持つ強みでもあるはずだ。
 理想と実現可能性の間には、多くの階層性に跨るトレードオフ関係が存在している。それらの問題点に対して真摯に向き合いバランスを模索してゆくことが、超分野的な学術コミュニケーション活動の新規性を高める原動力となるのだろう。
 最後に、本企画にご協力いただいた邑田仁本学理学部教授(小石川植物園)、池田博本館准教授、新津修平本館技術補佐員、滝沢糸子本館技術補佐員および本学大学院生の竹田裕介氏、照屋清之介氏、伊藤勇人氏、森健人氏にこの場を借りて厚くお礼を申し上げたい。







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図1 第1回「発掘のあとに」で用いた化石、石器、土器
下処理を施したエゾタマキガイの内面形態は、
鮮明な筋肉痕や蝶番構造を映し出す
(左上)
拓本によって土器の表面形状が画仙紙に写し
取られて行く過程
(左下)
適切な照明環境により石器縁辺部の特徴的な
製作痕跡(斜行押圧剥離)が映し出される
(右下)
石器先端部から縦に伸びる剥離は、狩猟時の
衝撃による欠損と考えられる
(右上).


図2 第2回「採集のあとに」で実施した野外採集の様子.


図3 第3回「解剖のあとに」で紹介された保存標本.
恒久的な保管を目的とした哺乳類の骨格標本(上)
と魚類の液浸標本(下).


図4 解剖・型取り講座中の講師たち(第3回)
左から黒木、服部、小薮.












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