西野嘉章(本館館長・教授/博物館工学・美術史学)
松本文夫(本館特任准教授/建築学)
鶴見英成(本館助教/アンデス考古学・文化人類学)
東京大学総合研究博物館小石川分館が全面的に展示改装され、2013(平成25)年12月14日に建築ミュージアムとしてリニューアル・オープンした。本稿では前半で小石川分館の施設沿革と展示経緯を振り返り、後半では新しい建築ミュージアムの展示内容を紹介する。
小石川分館は東京大学の現存最古の学校教育施設であり、明治初期の木造擬洋風建築の貴重な歴史遺産である。小石川分館の前身となる旧東京医学校本館は、1876(明治9)年に工部省営繕局により現在の本郷キャンパス内に建設された。1877(明治10)年には東京開成学校と東京医学校が合併して東京大学が創設され、それにともない旧本館もまた医学部の中核施設として使われることになった。大学病院再編に伴い、1911(明治44)年に建物の前半部分が赤門の脇に移築され史料編纂掛が入居する。この移築設計は東京帝国大学営繕掛の技師山口孝吉によるもので、施設規模を縮小するとともに、塔屋、窓枠、手摺等が改造されてほぼ現在の姿になった。1965(昭和40)年に本郷で解体され、1969(昭和44)年に理学部附属植物園(小石川植物園)内の現在地に移築された。旧東京医学校本館は1970(昭和45)年に国の重要文化財に指定され、2001(平成13)年11月に東京大学総合研究博物館の小石川分館として一般公開されている。以上が小石川分館の誕生に至るまでの経緯である。
小石川分館の開館にあたって、基本的な施設コンセプトとして「学校建築ミュージアム」が構想された。学校教育施設の歴史遺産であることから、その建築系の空間資産を活かしつつ、大学の研究教育に関わる学術標本や教育器材を駆使した展示が行われてきた。特別展示「MICROCOSMOGRAPHIA―マーク・ダイオンの『驚異の部屋』」(2002〜2003年)、常設展示「COSMOGRAPHIA ACADEMIAE―学術標本の宇宙誌」(2003〜2006年)、そして常設展示「驚異の部屋―The Chambers of Curiosities」(2006年〜2012年)といった展示である。これらの基調的な展示と並行して、ファッション、アート、音楽、演劇、映像などの数々の実験イベントが開催された。学校建築ミュージアムの展示では、学術標本や教育器材の大半は実物がそのまま展示されたが、建築系の展示では実物展示には制約がある。小石川分館に整備された「学誌財グローバルベース」は、学術標本や建築に関する画像・文字情報を共通のフォーマットでデータベース化する試みで、学校建築デジタルミュージアムとして、建築空間における実物展示と相補的な役割を担っている。
2013(平成25)年3月に東京・丸の内にJPタワー学術文化総合ミュージアム「インターメディアテク」が開館し、その展示準備にともなって小石川分館で展示されていた学術標本と教育器材の多くがインターメディアテクに移転された。一方、総合研究博物館本館の特別展示「UMUTオープンラボ―建築模型の博物都市」(2008〜2009年)で制作された建築模型は小石川分館に残された。このような状況をふまえ、博物館の将来方針に関する館内協議を経て、小石川分館を建築ミュージアムとして再開することが決定された。東京大学総合研究博物館を構成する主要な施設群として、本郷本館は常設展示における先端分析機器の活用公開およびマクロ先端研究の展開発信を、インターメディアテクは間メディア実験を介した学術文化展示を、モバイルミュージアムは国内外に分散するネットワーク型展示を、そして小石川分館は施設特性を活かして建築ミュージアムの展示を展開することになった。いいかえれば、学術研究、文化創造、広域展開、空間表現に特徴をもった性格の異なる施設群を大学博物館として配備することになる。
建築ミュージアムとして再出発する小石川分館は、施設そのものが実大の建築展示である。数度にわたる移築、改修を経た建築ではあるが、洋風、唐風、和風の三要素の混交形式に原型の名残が残っている。建物全体の古典的な比例、中央にある塔屋と玄関間、和小屋の構造、復元組物付の丸柱、擬宝珠高欄、空調設備を入れたコア、新意匠の階段手摺などのディテールには、伝統とモダンの結託するさまを見て取ることができる。この類稀な建築空間に展開される新しい展示のタイトルは、「建築博物誌/アーキテクトニカ」(ARCHITECTONICA)である。この題目に込められた企図は、学術標本による「建築」概念の拡張である。縮体された模型世界から等倍の身体空間へ、造形された建築学資料から採集された民族学資料へ、これら「建築」概念の周囲に広がる汎界的な領野を、小石川分館の建築が抱き込むことになる。わたしたちの狙いは、事物を構成し、事象を統合する諸原理を「アーキテクチャ」の一語で括り、その俯瞰的な視座に立って、自然物から人工物まで、サイエンスからアートまで、横断的に結ぶことのできる「場」を、この施設に定位させることである。実際の展示はコーナーごとに、建築模型、東京大学建築、自然形態、空間標本、建築紀行、身体空間というテーマに分かれている。
建築学資料の展示概要を以下に紹介する。「建築模型」のコーナーでは、医学部標本室から管理換された昭和初期の鋼鉄製展示ケースの中に、世界の有名建築の縮体模型が納められる。これらの建築模型は、UMUTオープンラボ展を機に制作され、その後さらに拡充されたものである。第一群は世界の近現代ミュージアム建築の模型である。古典形式に依拠した原型的ミュージアム、ホワイトキューブの美術館に代表される汎用的ミュージアム、さらには建築の固有性を高めた現代的ミュージアムなど約50作品の模型が縮尺1/300で展示される。第二群は古典から現代に至るミュージアム以外の建築の模型である。内外の著名な近現代建築が選ばれており、建築種別は住宅から公共施設までと幅広い。規模に応じて縮尺1/50、1/100、1/300で制作されているが、比較できるように展示ケースごとに縮尺が統一されている。
「東京大学建築」のコーナーでは、明治・大正期の本郷キャンパスの歴史的な校舎建築の模型が展示されている。東京帝国大学医科大学法医学教室、医科大学法医学解剖及附属室、工科大学造船造兵学教室、理科大学動物地質鉱物学教室、医科大学医院病室改築ニ差障建物(旧東京医学校本館)、法科大学講義室である。このうち、旧東京医学校本館(現小石川分館)を除く建物は、1923(大正12)の関東大震災で崩壊し現存していない。これらの精巧な木製模型は、本部施設部に残された建築古図面をもとに、イタリアで最高の木工職人として知られた故ジョヴァンニ・サッキとその工房によって制作された。イタリアにはルネサンス以来の木工模型製作の伝統があり、本作品群は、その最良の継承者と目されたサッキ親方の遺作となった。
「自然形態」のコーナーでは、動物学、植物学、鉱物学、数学など多様な学術研究から見いだされた自然のアーキテクチャを、実物または模型によって展示してみせる。今回選定されたのは、ドイツのクランツ商会で制作された鉱物結晶模型群、クルマガイArchitectonica trochlearis (Hinds,1844)を含む貝類標本、多面体・螺旋・ノット・トーラスなど各種の数理科学模型である。「アーキテクチャ」をデザイン化するさいに役立つヒントが横溢している。
「空間標本」のコーナーでは、建築模型のうち特に規模が大きいもの、内部空間に特徴があるものを選定して独立ケースに展示している。精巧なファサードと重厚な内部空間で知られるサンタンドレア教会(レオン・バッティスタ・アルベルティ)、大仏様の構造を伝える浄土寺浄土堂(俊乗坊重源)、渓流につくられた落水荘(フランク・ロイド・ライト)、対称性を徹底追究したヴィラ・ロトンダ(アンドレア・パラーディオ)、ゴシック的空間をコンクリートで創造したランシーの教会堂(オーギュスト・ペレ)、歴史遺構の上に新たな建造物を重ねたヘドマルク博物館(スヴェレ・フェーン)、ビザンティンの大ドームの到達点を示すイスタンブールのハギア・ソフィアが展示されている。なお、独立ケースの脚には旧東京中央郵便局の外壁スチール窓枠が再利用されている。
民族学資料は「身体空間(ゲル)」と「身体空間(カヌー)」のコーナーに展示されている。民族学標本を展示する二つの身体空間は、可動性の民族建築の実物パーツを中心に据え、われわれの等身大の身体とそれを取り巻く建築空間の相関性を 意識する「場」となる。内モンゴルで収集されたゲル(天幕)は、遊牧民の日常生活に適うように作られており、一通りの技術を習得すれば、解体と構築は簡単である。絶えず移動を繰り返す遊牧生活と地上に構築される建築は、一見あい矛盾するもののようにも思われるが、建築の可動性や建材の消費抑制が、現代建築の課題の一つであるとするなら、遊牧民の建築観の示唆することも少なくないのではないか。ゲルの来歴は旧蔵者・伊藤亜人氏(本学名誉教授)のお寄せ下さった「モンゴルのゲルについて」(本誌p.5)を参照されたい。本展のオープンに際しては館外に短期間設営し、その後は展示室壁面を利用して部品単位で展示する。ゲルの部品群はそれぞれ造形物として面白く、また携行性を体現した精妙な工芸品である。
三組の櫓とセットになった、台湾ヤミ族のカヌーは、見方を換えると水上建築でもある。展示ケース内には、建築の周辺から外部にかけて、身体と触れ合うさまざまなモノが並んでいる。コートジボワールの仮面やモンゴルの水筒など身に帯びるモノにはじまり、建築を生み出す日本の縦鋸、家々をにぎわすフィジーの太鼓やマリの玩具、家を背にして山野に分け入るベトナムの弩やパプアニューギニアの弓矢、さらに神話の世界を等身大に具象化した古代アンデスの神殿建築装飾。来館者の等倍の身体感覚を呼び起こし、小石川分館という建築空間を再認識させるとともに、造形の妙がその目を楽しませることを期待している。
建築ミュージアムは日本ではあまり馴染みがない施設かもしれない。日本語の「建築」は建物(building)または建設(construction)の意に解されることが多いが、元来architectureは、構成原理、統轄原理、設計思想、設計仕様といった非物象的な意味を含む。幅広い万象のアーキテクチャを探求しようとする者にとって、建築ミュージアムが新しいアイディアやフォルムの創造を喚起する場になることを期待したい。
本展示における建築模型の制作にあたっては、東京大学の模型制作ゼミおよび博物館工学ゼミ建築班の学生、ならびにモデラーの阿部貴日呼氏にご協力をいただいた。また小石川分館学生ボランティアには開館準備にご協力いただいた。深く感謝を申しあげたい。
■建築ミュージアム/小石川分館常設展示 |