建築ミュージアム/小石川分館「建築博物誌/アーキテクトニカ」
建築博物教室とアーキテクトニカ・コレクション
鶴見英成(本館助教/アンデス考古学・文化人類学)
松本文夫(本館特任教授/建築学)
阿部聡子(本館特任研究員/近代建築史)
門馬英美(武蔵野美術大学助手)
小石川分館が建築ミュージアムとしてリニューアルしてより1年5ヶ月、その間に常設展示『建築博物誌/アーキテクトニカ』にいくつかの改変が加わった。モンゴルのゲルは、オープン時の屋外展示を2014年5月に終了し、館内2階にて解体状態で展開した「身体空間(ゲル)」へと再構成された。1階の「建築模型」展示室には通算4点の建築模型が漸次加わり、2015年4月には展示棚が1基増設された。また小型の展示ユニットが約3ヶ月に一つのペースで館内に増設されてきた。「アーキテクトニカ・コレクション」と銘打ったこれら6点の展示物は、公開ギャラリーセミナー「建築博物教室」(図1)と連動して制作されたものである。
万象のアーキテクチャ
建築博物教室というネーミングは多くの候補の中から議論を重ねて決定した。なるべく簡潔にしようとさまざまなキーワードをそぎ落とす中で「建築」と「博物」が残ったのは、「万象のアーキテクチャ」という館のテーマを最重視したためである。
日本語の「建築」は建物(building)または建設(construction)の意に解されることが多いが、元来 アーキテクチャ(architecture)は、構成原理、設計思想などといった非物象的な意味を含む。建物を基軸としつつ、幅広い「万象のアーキテクチャ」を探求し、それがまた新たなアイディアやフォルムの創造をうながす、それが建築ミュージアムの理念である。それを来館者にわかりやすく伝えるため、オープン時点の展示内容・構成を補って「万象」を表現するのがこのイベントの意図である。
大きな特徴が3点ある。まず第1に、毎回さまざまな分野の講師が、アーキテクチャという共通の切り口で先端的研究をレクチャする点である。UMUTの研究者は平時から演台に立つ機会が多く、その繰り返しでは意味がない。アーキテクチャという耳慣れぬお題を課すことで、新たな研究の端緒、新たな教育の引き出しを開いていただく。そのぶん講師への依頼は早めにし、準備期間を十分とれるよう配慮している。同時に、まさしく建築学および近接分野のスピーカーも織り交ぜ、建築ミュージアムならではのバラエティに富んだ人選を目指している。
第2に、各講師が講演内容に関連した展示ユニットを制作することである。各自が研究で使用したものや、この機会に自ら設計・製作したものが初公開されることも多い。一般に博物館イベントの多くは一過性である。形が残るとしたら広報と報告書くらいか。しかしアーキテクトニカ・コレクションは統一的にパッケージされ、キャプションには講演日と講師名が記載され、イベントに来なかった人もその連続性に触れることができる。
第3に、年に数回、多くの来館者を迎えるこの日を活動の基調とし、分館教職員のみならず学生ヴォランティアが総力で参加することである。講演後は学生ヴォランティア有志がレポートを執筆し、建築博物教室ホームページに掲載する。また講演開始前の30分ほどを使い、館内展示解説のギャラリートークを実施している。レポートもギャラリートークも、講演者や展示制作者当人ではなく、学生達の独自の関心・着眼から設計されており、館内のコンテンツがさらに多様な展開を遂げることになる。
こうして万象のアーキテクチャという理念が、目に見える形で分館の展示空間を徐々に満たしつつある。
第1回 腕足動物のアーキテクチャ
イベント開催の構想はオープン直後からあった。そこに、当時UMUT特任助教であった椎野勇太氏(現・新潟大学助教/進化形態学・バイオメカニクス)の講演を希望する声が学生ヴォランティアから寄せられたのだが、たしかに氏の研究は皮切りとしてふさわしいと思われた。生物の体の構造という意味で、また生存に必要な殻と人工の建築物を比較する視点からも、氏の腕足動物研究はアーキテクチャと二重の接点がある。さらに腕足動物というなじみの薄い生物が主役となる意外性こそ、アーキテクチャが万象にひそむという強いメッセージになると期待された。氏は現職への転勤直前で多忙であったが、快諾をいただき、2014年3月8日開催に向けて準備を急いだ。
「腕足動物のアーキテクチャ―消極的な生存戦略を実現した巧みな機能デザイン」は22名の聴講者を迎えた。講義内容については、先述の学生ヴォランティアである花井智也氏のレポートを参照されたい。公開された展示ユニットは3Dプリンタで出力した絶滅腕足動物の模型と化石で、2階「自然形態」展示室に加えられた(図2)。水中にいるだけで中に渦を生じる殻と、濾過してエサを捕らえるらせん状の触手冠は、まさに自然界のアーキテクチャの妙味である。
なお講師にはキャッチコピーを考えていただき、ポスター、チラシ、配付資料に添えることにした。第1回は「開かず、動かず、じっと待つ。」である。ポスターは分館の鉄扉に掲示しやすい横判のデザインである。いずれもUMUTの印刷物には珍しいが、建築博物教室ブランドとしてその後もフォーマットを踏襲することとした。展示物も印刷物も、館の構成要素として統一性・連続性を持たせるためである。
第2回 シマのアーキテクチャ
第1回と並行して第2回の企画を立ち上げ、3ヶ月間の準備ののち6月8日に「シマのアーキテクチャ ―瓦屋根の語る琉球諸島の歴史」を開催した。UMUT特任研究員であった石井龍太氏(現・城西大学助教/歴史考古学・民族考古学)は年度の変わり目に急遽転勤となったが、2009年にUMUT併設展「琉球コレクション ―土器・瓦にみる島の文化史」を企画し、自作の精巧な建築模型を含めて展示した実績がある。今回は氏の個人蔵の琉球瓦に、屋敷門の縮小模型を組合せ、第1回と同じ400mm角の展示ケースに収めていただいた(図3)。第2回のコピーは「耐える、続く、魅せる。」とされ、瓦の耐久性と装飾性について、その環境・経済・社会的背景が解説された。気候により急速に家屋の壁が朽ち、落下した瓦が地面を覆う琉球諸島の発掘現場の様子には強いインパクトがあった。本回のレポートの担当は垣中健志氏である。
イベントの空間も期間も限定的だが、第2回からは文京区の広報誌や東大関係ウェブなどへの情報掲載なども開始し、広報にも力を入れている。またUMUTウェブ上に建築博物教室のホームページを整え、情報の発信とアーカイブを可能にした。功を奏し第2回の来館者は45名に増加し、以後も右肩上がりである。またこれ以降、レクチャの最後に次回予告をする、アンケートにて希望した方にはイベント情報をメールで発信する、などの取組みを始めた。
第3回 地震国のアーキテクチャ
9月27日開催の第3回は「地震国(じしんのくに)のアーキテクチャ ―文化財建造物を自然災害から守る」で、コピーは「雨ニモマケズ 風ニモマケズ 地震ニモマケヌ」であった。揺れによる建築損壊のメカニズムの解明と耐震性向上は我が国の差し迫った課題であるが、文化財建造物に対しては闇雲に補強するのでなく、適切な処置で歴史的価値を保全する必要がある。講師の西川英佑氏(文化庁文部科学技官/建築構造学)は日本の木造建築が災害、とくに地震に耐えるメカニズムを研究し、保存を実践している。小石川分館じたいが国指定重要文化財(旧東京医学校本館)であるため、スタッフも興味深く傾聴した。レポートは太田萌子氏が作成した。展示した木造三重塔模型は、西川氏が構造設計に携わり、振動実験を繰り返して学位論文を作成した学術標本である(図4)。屋根は一辺810mm、高さ1100mmにおよび、全体的な傷みが過酷な実験を物語る。400mm角のケースに収めるという原則が早くも破綻したが、その学術的価値と見応えには代えがたい。所蔵機関である関西大学から借用し、館内最大の建築模型として1階に設置している。
第4回 鳥のアーキテクチャ
前回から1ヶ月弱の短いスパンで、10月19日に第4回「鳥のアーキテクチャ ―手を使わずに構造物を作る」を開催した。翌月には『先端科学でふれあうハンズオンギャラリー』も開催され(ウロボロス53参照)、小石川分館のプレゼンスを示すイベント強化の秋であった。
UMUTは博物館ゆえに標本を基盤とする研究が多い。その中で松原始氏(本館特任助教/動物行動学)は鳥類の行動が専門で、フィールドでは標本採集よりも双眼鏡を手に鳥の生態を観察している。死後ではなく生前の動物に焦点をあわせた発表が期待された。コピーは「これも巣、あれも巣、こんなのも巣」。巣は居住空間、厳密にはベビーベッドに相当するが、さらに求愛のためにディスプレイとして「庭」を作る鳥もいる。人工物としての建築のイメージがゆらぐレクチャであった。内容は坂井景氏がレポートしている。展示はサンコウチョウ剥製とその巣で、今のところ唯一のUMUT所蔵標本である(図5)。参加者は52名で、いよいよこのイベントが周知されてきたとの手応えが得られた
第5回 窓のアーキテクチャ
12月14日の第5回は能作文徳氏(東京工業大学助教/建築学〈意匠・設計〉)による「窓のアーキテクチャ ―風土と文化のなかで培われてきた窓の多様性」であった。採光や通風の機能を持つ窓は世界のどこにでもあり、そして気候風土や文化慣習の差異、制度や技術の変化と密接である。「窓から世界をみてみよう」というコピーの通り、窓から世界を読み解く視点が示された。また氏による建築設計の実践についても詳しく視聴することができた。内容は米村友希氏がレポートにまとめている。展示ユニット「一面一窓のアーキテクチャ」は、多面体の一面あたり一つの窓を設ける規則下でのバリエーションを示す模型群で、本企画のために制作していただいた(図6)。
第6回 神々のアーキテクチャ
IMT特別展示『黄金郷を彷徨う―アンデス考古学の半世紀』展にあわせ、アンデス考古学の回を2015年3月28日に開催した。主催者の一人として鶴見は、アーキテクチャの多様性を強調すべくタイトルにミスマッチ感を求め、また構成原理という非物象的なテーマを選択して、「神々のアーキテクチャ ―古代アンデスの聖なるモノたち、その構成原理と表現」を発表した。コピーの「天界にコンドル 地界にジャガー 冥界にカイマン」は古代アンデスの世界観の表現である。内容は青木太一氏のレポートに詳しい。展示品はこの企画用に鶴見が製作したクントゥル・ワシ神殿遺跡の大石彫の縮小模型で(図7)、レクチャの際にはこれを手にとって図像を解説した
広がりゆくアーキテクチャ
第6回には参加者が80名を越えた。椅子の数と動線の工夫で対応してきたが、いよいよ会場の「空間標本」展示室じたいが飽和した感がある。また展示ユニットの蓄積で2階の空間が一部手狭になっており、館内のレイアウトを一部見直す方向で検討している。しかし当初の見通し通り、年4回というのは無理なく開催できるペースであり、状況に応じて増減させつつ今後も企画を続けていく。本誌の案内の通り第7回は7月4日である。
窓外の植物園が春夏秋冬それぞれの貌を見せるころ、日ごろ閑静な小石川分館に熱気が宿る。訪れるたびに小さな変化と大きな発見が待っている、そんなミュージアムに育っているだろうか。
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