1996年度(平成8年度)
11月18日〜11月22日
デジタルミュージアム
コンピュータは人類が誕生以来手にした多くの科学技術成果の中でももっとも重要なものの一つであるが、誕生から50年ほど経った今、コンピュータは社会生活のあらゆる局面に影響を与えようとしている。そして今、博物館にもコンピュータ化、デジタル化の波が押し寄せてきている。コンピュータにより博物館はどう変わるのか。一つはアーカイブであり、デジタル技術の力により、ほぼ半永久的な知識の保存が可能になる。また、コンピュータ技術とネットワーク技術との融合により、時間と場所にとらわれない知識の流通が可能になる。さらにバーチャルリアリティ技術など今までになかった技術により新しい展示の可能性がひろがる。本講座は、新しい技術による博物館の可能性をニーズからの考察とシーズからの考察両面から進め、さらに当館で試そうとしているデジタル化の具体例をもとに新しい博物館、未来の博物館をさぐっていくことを目的とした。
1997年度(平成9年度)
11月10日〜11月14日
集中型から網状型へ−新しい博物館像を探る
博物館とは本来、モノと情報の蓄積・精製・発信の場所として、誰もが視覚・聴覚、ある場合は触覚をもって、それらに親しみつつ考える場所であるが、博物館に対する学習需要が今日ほど広域化かつ高度化する事態への対応を考えたとき、従来にない独創的な方法を検討してみる必要がある。従来、博物館がモノと情報を集積し発信してきた。その集積は大都市に集中されてきたきらいがある。しかし、最近になって各地に多くのすぐれた地方博物館ができ、その流れの中で従来の集中型は実質的に変容しつつあり、むしろネットワーク(網状型)としての性格を強めようとしている。それでは、網状型の博物館とはどうあるべきか。このテーマを集中的に考え、新しい博物館像を模索した。
1998年度(平成10年度)
11月9日〜11月11日
自然の多様性・文化の多義性:牛と馬が語りかけるもの
1998年度から統一テーマを「自然の多様性・文化の多様性」とするシリーズが開始された。いわゆる理科系・文科系という枠組みを超えて思考する機会をもつことによって、多様な分野の学芸員が集まり、意見を交わすことで、講座をいっそう充実したものにすることを狙ったものである。その第1回として牛と馬が取り上げられた。どちらも自然物であるとともに、家畜として人間から利用されるという長い歴史を持ち、社会的な存在でもある。この2 種類の動物を知るためには、どのような観点から眺めることが可能か、どのように展示が可能かについて探った。
1999年度(平成11年度)
11月8日〜11月12日
自然の多様性・文化の多義性:骨と骨格標本
統一テーマ「自然の多様性・文化の多様性」の中でも具体的な「骨」をテーマに取り上げた。骨をさまざまな視点から捉えるとと同時に、従来より焦点を絞り実践的なコースを試みた。カリキュラムを3 日間の講義・討論と2日間の実習とで構成し、受講生には3日間の「骨コース」か、5 日間の「骨と骨格標本コース」のいずれかを履修してもらった。日頃、骨の原標本にふれる機会の少ない文化系博物館学芸員にとっては特に実りのある機会となったであろう。
2000年度(平成12年度)
11月6日〜11月10日
自然の多様性・文化の多義性:石は何を語る
「石」をテーマに取り上げた。「石」の起源は、地球誕生の初期に地球に降り注いだ隕石である。私たちが日常接している岩石はじめ、大気や水もそこから多様な進化の末に生まれたものである。その中からさまざまな生物が誕生し、死滅していったが、多くの生物は石(化石)となって私たちの前にその姿を見せている。そして、人類は「石」を使って文化を創造してきた。また、人類は科学を生み出し、新しい石(半導体など)を作り出している。隕石・岩石・化石・石器・彫刻・宝石、そして未来への石「半導体」。「石」の織りなす世界についての多彩な講義に加え、宝石加工、化石クリーニング、石器製作の実習も行なった。
2001年度(平成13年度)
11月5日〜11月9日
自然の多様性・文化の多義性:植物−博物館の華にさせるには?
「植物」をテーマに取り上げた。地球に誕生した生物は、やがて大地を被う植物を生み出し、植物のその後の進化が人類の誕生の契機となり、文明の発展へとつながった。人類の未来も植物抜きには語ることはできない。植物の理解は地球共生の基盤として不可欠なものである。植物の最先端知識に関わる講義に加え、扱いにくいとされる植物の展示についての企画・討論も行なった。
2002年度(平成14年度)
11月11日〜11月15日
ミュージアムワークショップ:共同制作『20世紀の石器時代−小田静夫氏収集の南太平洋考古民族コレクション』展
博物館関係者の主たる業務の一つである企画展示。いかに独創的で刺激的な展示企画を立案し、効果的な展示手法を導入するかに頭を悩ませている学芸員も少なくない。このワークショップは、異なる発想と経験を持つ参加者が実際の展示を共同制作し、関係するアイデアやノウハウにつき意見を交換し合い、魅力的な展示を構築するための手がかりを得ることを目的とした。2002 年度は、南太平洋各地で採集された石器、骨器など考古民族学資料を展示の材料とした。20世紀に生きた石器時代人の知恵と技術、彼らの生態、その史的意義が伝わるようなミニ展示を組み立て、本館展示ホール一室で一般公開を行ない、最終日には一般来館者とともにできあがった展示の評価を行なった。
2003年度(平成15年度)
11月10日〜11月14日
企画立案ワークショップ−明治・大正・昭和初期新聞資料をどう扱うか
本年度の専修コースの立案に先立ち、当館の植物部門の収蔵庫から、植物標本を保管するために挟まれていた明治・大正・昭和初期の新聞が良好な保存状態で大量に見つかった。新聞は博物館同様、時を記録する装置といえる。この期せずして「保存」されていた新聞を展示材料として展覧会を構想するとしたらどのような内容の企画が考えられるかを課題とするエクササイズを行なった。参加者が複数のグループに分かれ、参加者間のディスカッションを通して、グループごとの展示企画案を作成。最終日には出来上がった企画案をグループ単位で発表し、全員が参加する講評会を行なった。
2004年度(平成16年度)
11月17日〜11月19日
思考型ワークショップ−21世紀ミュージアムを描く
21世紀を迎えた今、ミュージアムはニーズの多様化、ハコモノ依存の施設の見直しなどから、さまざまな側面で意識の転換が求められている。21世紀ミュージアムはどうあるべきかという課題に対し、各界エキスパートとのワークショップを通じてその可能性を実験試行するトレーニングプログラムを実施した。参加者が複数のグループに分かれ、テーマに対する参加者間のディスカッション、さらにはミュージアムに関わりのある各界の専門家の講義、ディスカッションを通じて「自分達だったらどのようなミュージアムを理想とするか」といった、21 世紀ミュージアムの姿を考察。最終日にはグループごとの発表とグループ間のディスカッションも交えながら講評を行なった。
2005年度(平成17年度)
11月9日〜11月11日
ミュージアムの実効性を高める方策を探る
さまざまなミュージアムの「評価」が試行されるなか、ミュージアムに携る専門家は、質的向上を目指し、その使命を明確にする必要がある。今年度は、指定管理者制度の導入や質的評価の重要性が指摘されるなど、さまざまな側面で転換期を迎えた現在のミュージアムにおいて、その存在意義・魅力を高める方策を専門家の講義やディスカッションから探った。ミュージアム本来の魅力を探るうえで、モノ・ヒト・コト・バといった基本的な構成要素を改めて見直すとともに、自分たちの持つツールで、社会やヒトとのコミュニケーションをいかに図り、還元していくかなどを考え、質と魅力の向上について考察した。
2006年度(平成18年度) 11月13日〜11月16日
次世代ミュージアムを構想する−新たな知的価値の創出にむけて
ミュージアムの新しい可能性について多面的かつ具体的に考える。ミュージアムの可能性として2 つの方向が仮定できる。第1 に博物資源の固有性や展示空間の独自性によってミュージアムのオンリーワンとしての価値を高めること。第2 に博物資源の連携から新たな知の文脈を構築し、展示空間を連携・総合してミュージアムのユニヴァーサルな可能性を高めることである。固有性と普遍性、あるいはスタンド・アロンとハイパー・リンケージともいえる2 つの特性を同時に視野に入れながら、新しいミュージアム構想の立案を行なう。コースの前半で各界専門家の講義および受講者の発表/ 議論を通して次世代ミュージアムの可能性についての問題意識を広げ、後半で受講者グループの共同作業を中心として具体的なミュージアム構想をひとつの企画提案に収斂させる。
2007年度(平成19年度)11月12日〜11月15日
アート&サイエンス融合―博物資源のリコンストラクション
ミュージアムに蓄積される「博物資源」の創造的な利活用について考える。ミュージアムには自然史系や文化史系等のさまざまな標本資料が保管されている。通常それらは研究分野ごとに収集・整理・保存され、知の体系に関連付けられた膨大なモノの「集積体」を形成する。
この集積体は、まさに博物資源と呼ぶにふさわしい学術的・教育的・事業的な利用価値を内包しているはずである。たとえば、この集積体を「第二の自然」ともいうべき新たな関係性の発現空間と見ることはできないだろうか。すなわち、標本資料を未分化な流動態におき、出自を超えて連携させることによって、モノの新たな関係を発見・構築する可能性が生まれる。受講者が選んだ3点の学術標本をもとに展示企画を構想し、博物資源のリコンストラクションについて実践的に考察検討を行う。
2008年度(平成20年度)11月10日〜13日
ミュージアム・コラボレーション
ミュージアムの相互連携の新たな可能性について参加者間のコラボレーションを通して具体的に検討する。巡回展示や共催展示や博物館ネットワークなど、相互連携はすでにさまざまなかたちで実践されている。施設単位や展示単位の「大きな連携」だけでなく、標本・機能・人間・空間など要素別の「小さな連携」にも着目する。たとえば、標本資料の共有活用、施設機能の分担特化、学芸活動の横断交流、展示空間の連携配置など、ミュージアム・リソースの共有/再編の課題について幅広く議論を行う。相互連携によって、個々のミュージアムの機能的ポテンシャルを高めるとともに、ミュージアム全体の社会的プレゼンスの向上を目指す。
2009年度(平成21年度)
11月9日〜13日
ミュージアムワークショップ:共同制作「南太平洋考古民族コレクション」展
異なる発想や知識、経験を持つ各地の学芸員が、展示研究者と意見交換しながらミニ展示を共同制作し公開する。そして、成果を一般来館者や博物館関係者とともに講評しあい、独創的で刺激的な展示企画、効果的な展示手法とは何かについて考える。そういった企画を平成14年度の学芸員専修コースで実施した。題材としたのは、東京都の元学芸員小田静夫氏が南太平洋各地で収集した石槍、貝製品、仮面などの考古民族資料である。
本年度は再び、同じ標本を使って新たな展示を組み立てるワークショップを行う。同じ材料であっても料理の仕方が違えば展示の魅力も変わるはずである。前回の経験、評価結果を検討しつつ、より魅力的な展示について考察すべく新たな共同制作に参加する方々を募集する。前回の参加は問わない。
上記コースで制作された展示 → 南太平洋80s―文化再生産の現場
2010年度(平成22年度)
11月8日〜12日
映像博物学の挑戦
モノの世界であるミュージアムにおいて、映像は疎遠な対象であるか、副次的な演出術と見なされがちである。しかし、宇宙規模に拡大する事象を記録する手段として、また近代以降の人間活動の研究対象そのものとして、映像は極めて重要な存在である。すなわち、映像技術を活用した博物学と、映像自体から世界を探求する博物学がともに立てられるべきである。これらまとめて「映像博物学」と称するなら、それは、「人間が世界を見る」という知の根底を映像によって再編する試みにほかならない。本年度の学芸員専修コースにおいては、初めての実践として、ミュージアムにおける「映像」の可能性をテーマとする。映画制作、映像保存学、博物学、文化人類学、自然科学などの専門家による講義を前半に置き、後半では受講者らが実際にミュージアムを題材とする映像作品の制作を実習する。
上記コースに関連する展示 → IMAGINARIA―映像博物学の実験室
2011年度(平成23年度) 11月14日〜18日
ミュージアムワークショップ: 共同制作「昭和初期の昆虫学─加藤正世コレクション」展
本年度は、新規収蔵品の展示を組み立てるワークショップを行います。題材としたのは、昨年末に本博物館へ寄贈された故・加藤正世博士による昆虫を主とした標本、装飾品、直筆原画、書籍などの学術関連資料です。生物学史の研究で著名な東洋大学名誉教授の大野正男博士をお招きして加藤正世の魅力を語って頂く他、博物館デザインを専門とする本学教員の講義、バックヤードの研修などを挟みながら、魅力的かつ独創的な展示企画を出し合い、構築していく新たな共同制作に参加する方々を募集します。過去の参加は問いません。
上記コースで制作された展示 → 蝉學――加藤正世の博物誌
2012年度(平成24年度) 11月5日〜9日
標本の収集と表現 ―渡辺仁収集民族学コレクションを題材に―
博物館には館それぞれの歴史、大きさ、機能があって、日々の活動も果たしている責任も多様だといえるでしょう。しかしどんな博物館にも標本の蓄積をもとにして、人々と知を分かち合う姿が期待されます。本年度の学芸員専修コースでは、標本と知の関係をどう表現していくか、皆さんと議論してみましょう。標本をいかに集め、整え、研究をし、それを人々に見せていくかという課題は、技術論ばかりで解決することではなく、標本を真に愛し、標本の存在を空間や絵や言葉の世界と往来させていくという熱意に支えられます。その熱意は、学術的研究の深さであり、空間づくりや文学づくりにかける思い入れであり、来館者と相対するこだわりだといえるでしょう。標本を出発点に私たちはどう表現への世界を構築していくかを考えたいと思います。多分野の講義やバックヤードの検討会を準備しますが、ひとつの例に当館所蔵の渡辺 仁収集民族学コレクションを題材に手を動かしてみたいと思います。貴重なコレクションを研究と教育の場でどう輝かせていくかが、焦点となることでしょう。博物館標本に関心が深く、表現を生きがいとしている方々の参加を募ります。
上記コースで制作された展示 → HUNTERS――渡辺仁博士の民族学資料収集
2013年度(平成25年度)11月11日〜15日
研究現場展示のコンセプトと実践
博物館には人類がこれまでに蓄積した知の体系を、標本の蓄積と展示によって人々に提供する役割が期待されています。とくに我々東京大学総合研究博物館は、新しい知を生み出すフロンティアとして日々大学で繰り広げられている学術活動と、知的興奮をできるだけ直接的に国民に伝えていくことが社会的な使命のひとつと考えます。新たな学術活動によって、蓄積された標本が単なる過去の遺産ではなく、今日的な問題の解決のために欠かせない学術資料としての復活をとげる姿を、あるいは日々大学で営まれている研究活動からどのように人類の共通の財産である知が産み出され、次の世代へと伝えられていくのか、そのような大学の日常をどのようにして来館者に伝えることができるのか、今回の学芸員専修コースを通して皆さんと一緒に考えてみたいと思います。とくに今回は現在、我々の新たな試みとして計画している公開実験施設(加速器質量分析装置)を用いた「研究現場展示」について、それに係わる実験の一部を体験して頂いた後、研究現場展示に関するプランを協働で作成しながら、科学のフロンティアを伝えるという博物館の役割についての議論と実践の場を提供したいと思います。
2014年度(平成26年度) 11月10日〜14日
動物のかたちの見方
博物館には館それぞれの歴史、大きさ、機能があって、日々の活動も果たしている責任も多様だといえるでしょう。しかしどんな博物館にも標本の蓄積をもとにして、人々と知を分かち合う姿が期待されます。そこでつねに問われるのは、そもそも対象としている標本についての基礎知識、学術的論理、それを表現するセンスです。学芸員は標本についてのすべてを知り、実際に好奇心をもって触れ、表現していく熱意を抱いていなければなりません。本年度の学芸員専修コースでは、動物、とりわけ哺乳類・鳥類を中心に、実際にその遺体と標本を研究し、そこから発見を目指し、それらに対する最新の興味をもとに博物館をつくっていく道を、皆さんと議論してみたいと考えます。標本をいかに集め、整え、研究をし、博物館の礎にしていくかという挑戦は、技術論ばかりで対処することではなく、標本を真に愛し、執着心をもって標本に接することで成り立っていきます。ひとつの例に当館遠藤秀紀研究室の活動をもとに、動物遺体と標本を題材に解剖学を学びつつ、こだわりの博物館づくりを議論したいと思います。貴重なコレクションを研究と教育の場でどう輝かせていけるかが、焦点となることでしょう。博物館標本に関心が深く、自己表現を生きがいとしている方々の参加を募ります。
2015年度(平成27年度) 11月9日〜13日
収集と表現 −加藤正世・博物学コレクションを素材として−
博物館には館それぞれの歴史、大きさ、機能があり、そこに勤める学芸員(研究員)にはそれぞれの館に応じた役割があります。しかし、どんな博物館にも、標本の蓄積をもとにして、人々と知を分かち合う姿が期待されます。本年度の学芸員専修コースでは、博物館に蓄積された標本と、それを収集した人々の想いをどのように表現したらよいのかを、皆さんと議論したいと思います。標本には、それ自体が持つ学術的・歴史的価値があります。しかし、その標本がコレクターの執着心にも似た熱意あるいは尋常ならざるこだわりによって収集されたものであることを考慮することにより、標本の持つ意味合いは大きく変わります。展示には様々なアプローチが考えられます。標本自身の持つ価値あるいはフォルムの美しさを強調する展示もあります。あるいはその背後にあるコレクターの情熱を伝える展示も考えられます。加藤正世 (1898〜1967) は、昆虫学(特にセミ類)を専門とし、約6万点もの昆虫標本を残しています。しかし、彼の興味は昆虫だけにとどまらず、植物・鳥類・哺乳類・甲殻類にも及び、それらについても数多くの標本を残しています。博物学的興味に裏打ちされた標本群を素材に、どのような展示が考えられるのか。博物館標本に関心が深く、展示の可能性を追求したいと考えている方々の参加を募ります。
2016年度(平成28年度)
11月7日〜11日
映像博物学の展開――映像による知の再構築
19世紀から20世紀にかけて、写真、映画、テレビ、インターネットが生まれ、視覚情報の生産と流通は劇的に増大した。社会の出来事や物語がおびただしい映像断片に記録され、世界は映像を介して理解される対象になっている。対して、ミュージアムはもっぱら標本資料の収集蓄積によって世界を記録してきた。モノの世界であるミュージアムにおいて、映像はそもそも疎遠な対象であるか、副次的な演出手段と見なされがちである。しかし、文化の持続可能性を担保するためには、オリジナル資料の長期保存と並行して、デジタル化された視覚情報の整備が必須となりつつある。宇宙規模に拡大する事象の記録手段として、また近代以降の人間活動の研究対象そのものとして、映像はきわめて重要な存在である。すなわち、映像技術を活用した博物学と、映像自体から世界を探求する博物学がともに立てられるべきである。これらまとめて「映像博物学」と称するなら、それは、「人間が世界を見る」という知の根底を映像によって再編する試みにほかならない。
本年度の学芸員専修コースでは、「映像として存在するミュージアムの創出」を目標とする。蓄積映像と新規映像を再構築した、映像による新たなミュージアム様態の提起をめざしたい。コース前半では、映画制作、映像保存学、博物学、文化人類学、自然科学などの専門家による講義を実施し、後半では受講者らが「映像としてのミュージアム」の企画構想と作品制作を試行する。本年度の研修内容は、ミュージアムにおける映像活用の検討に資するだけでなく、ミュージアムの現在的な基幹機能を幅広く問い直すものになるだろう。
上記コースに関連する展示 → IMAGINARIA2―映像博物学の試写室
2017年度(平成29年度) 11月
13日〜17日
サウンドスケープ
中世、西洋において楽譜が発明されて音楽の視覚化が始まった。視覚化は、一過性の音をメディアに定着可能とし、発展系として現代では、レコード、CD、デジタル技術などに形を変えたとすれば、その広がりは驚異的である。現代人は、音の本質である一過性を排除され、結果、音を聴くことができなくなってしまった。ジョン・ケージの休符のみからなる「楽譜」の作品『4’33’’』は 、そのような我々に対するアイロニーなのだ。
実は博物館は、音の問題と表裏一体となっている。多くの剥製や骨格標本は死者たちであり、展示された民俗史料はその文化の終焉を意味する。ある意味 in vitro な違和感が博物館の存在意義である。
本コースでは、サウンド・スケープの概念や、様々な自然界の音の体験についての講義、また、音の採取の実践的な方法を習得し、実際に参加者自身で録音を行い、博物館の中で音の利用を考え、実際に音を使った展示も試みる。サウンド・スケープを通じて、博物館と一過性の問題を改めて意識する機会となればと考えている。
2018年度(平成30年度) 11月12日〜16日
博物館資料のデジタルアーカイブとデータベース
博物館において収蔵資料は増加する一方であり、資料の適切な管理と活用のために常に新しい技術の導入と工夫が求められている。そのために必須の手法がデジタル化とデータベース化であり、収蔵機関の規模によらず全世界共通の課題となっている。
本コースでは当館が収蔵する様々な資料を用いて、資料の特徴に応じたデジタル化の例を提示するとともに、実際の資料を用いてweb サイト公開用のデータを作成する作業過程を体験する。
対象は、文化史、自然史の両分野とし、考古資料、地図資料、生物資料、古生物資料等を扱いながらそれぞれの分野で現在運用中のデジタル化のシステムを紹介する。加えて、写真撮影の技法、動画作成の技法、web サイトの構築法の講義と実習を行い、デジタル化の基本技術を習得することが目標である。
博物館資料は電子化した情報をネットワーク化することにより、全国規模でより効率的な活動が可能になる。本講座がきっかけとなり参加者に緊密な関係が構築されることを期待する。
2023年度(令和5年度)
11月13日〜17日
サイエンス&アート:植物標本と植物画
自然史系の学問にとって、標本は一次資料としてなくてはならないものです。植物学の分野でも、研究のための標本が世界中で集められ、蓄積されてきました。しかし、植物標本は生時の色をとどめることが難しく、またおし葉標本を作製する過程で三次元の構造が変形してしまう欠点がありました。その欠点を補うために、生時の色や形を再現し記録するために植物画が描かれてきました。したがって、科学における植物画には正確な再現性が求められます。一方、植物は形が多様で多彩なことから、絵画のモチーフとして用いられることも多く、アートとしての植物画も制作されてきました。博物学として優れた植物画とは、再現性と芸術性を兼ね備えたものと言えます。
東京大学植物標本室(TI)には、190 万点を超える膨大な標本と、明治から大正時代にかけて理学部植物学教室の画工により描かれてきた植物画、『牧野日本植物図鑑』(1940)の元絵となった山田壽雄の植物画、中島睦子氏が描いた『日本ラン科植物図譜』(2012)の原画、昭和から平成にかけて理科の教科書や図鑑の挿絵を数多く描いてきた天木茂晴氏の原画など、数多くの植物画が収蔵されています。それらの標本と植物画を有機的に結びつけた新たな博物館展示を、受講生の皆さんと一緒に考えてみたいと思います。いつもは「地味」な植物関係の展示を、サイエンス&アートの力で訴求力のある展示にすることができるでしょうか?