東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime19Number3



マクロ先端研究発信グループ共同活動
先端科学でふれあうハンズオン・ギャラリー

尾嵜大真(本館特任研究員/年代学・宇宙地球化学)
佐野勝宏(本館特任助教/先史考古学)
矢後勝也(本館助教/昆虫体系学・保全生物学)
鶴見英成(本館助教/アンデス考古学・文化人類学)
高山浩司(本館特任助教/植物系統進化学)
小薮大輔(本館特任助教/比較形態学・進化発生学)
服部創紀(東京大学大学院理学系研究科博士後期課程/古生物学)
黒木真理(東京大学大学院農学生命科学研究科助教/魚類生態学)
白井厚太朗(東京大学大気海洋研究所助教/古環境学・古生態学)
松本文夫(本館特任准教授/建築学)

 「ハンズオン・ギャラリー」は、マクロ先端研究発信グループの共同活動の一つとして平成22年度から継続して開催してきた。この活動は、普段博物館や研究室の奥深くにしまわれている標本や資料、あるいは、実験・観察器具を参加者に実際に手に取ってもらうことで、大学で行われている研究活動やその成果を体感してもらうことを目標としている。5回目の開催となる今年度は「先端科学でふれあうハンズオン・ギャラリー」と題して、東日本大震災の被災地であり、本館でも復興支援活動の一つとして文化施設「大槌文化ハウス」の企画・設営に協力してきた岩手県大槌町(図1)、そして小石川分館で開催した。これまでの開催では、さまざまな分野の研究者の中での共通したアプローチを一つのテーマとして設定してきたが、今回はそのようなテーマは設けずに大槌を中心とした被災地の自然環境を一つの軸とした。

Hands On 5
 大学で行われている研究の多くは、自然環境の中に在る多種多様なモノを標本や資料として取り上げ、そこに刻み込まれた情報を読み解くことを根幹としている。研究者はその読み解く過程においてさまざまな創意工夫を凝らした視点や手法を駆使し、新しい知見を導き出そうと試みる。その視点や手法さらには得られる成果を体感してもらうことこそハンズオンの醍醐味である。
 大槌町での開催においては、東日本大震災によって大きな打撃を受けた自然環境から、研究の題材となるいくつかの標本や資料となるものを取り上げ、さまざまな先端科学的な視点で分析する過程を参加者に先端科学研究の一端として体感してもらうことを目指した。その中で、我々講師陣も被災地の現状を自分たちの視点でもって見つめる機会として捉え、大槌での開催に続く小石川分館での開催において体感的なイベントとしてだけではなく、被災地の現状を伝えることも念頭に置いた。
 今回は博物館を飛び出した「講師と標本をパッケージしたモバイル展開」の一つの形でもあり、さらに大槌町にある本学大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センター助教で、貝などの資料を用いた古環境学・古生態学を専門とする白井も講師に加わり、各講師がそれぞれ以下のようなギャラリーとモバイル展示を実施した。

各ギャラリー・展示の紹介
 ギャラリー1 ブータンシボリアゲハと東北の希少昆虫(矢後担当)
 東北地方の希少な昆虫の現状と保全、さらには津波や地球温暖化などによる昆虫相や自然環境の変化を実物の昆虫標本とともに解説した。また、担当者自身による約80年ぶりの再発見となった珍蝶・ブータンシボリアゲハについて、ブータン国王陛下からの贈呈標本を展示するとともに、その調査談などを披露した(図2)。
 ギャラリー2 三陸沿岸に生育する海浜植物(高山担当)
 変化に富んだ地形を持つ三陸沿岸では多様な海岸植物が生息し、それらは自然環境の変化に伴い失われたり、新たに芽吹いたりを繰り返していることを解説した。植物が生息した証拠の押し葉標本の重要性を示し、またその作製を体験してもらった。
 ギャラリー3 大槌のアマモ場に生息する魚たち(黒木担当) 東北太平洋沿岸のアマモ場は東日本大震災によって壊滅的な打撃を受けた。大槌湾の根浜や船越湾の吉里吉里のアマモ場も例外ではないが、そこで採集されたさまざまな魚類標本を実際に手に取って観察してもらい、震災前後における魚類の種数や生息数の変化を示し、アマモ場が徐々に回復しつつあることを解説した。
 ギャラリー4 大槌の貝殻に記録された環境情報(白井担当) 貝殻の切断面を研磨してデジタルマイクロスコープで観察することで、樹木の年輪と同じような年輪があることを実感してもらった上で、100年以上も生き続ける貝が大槌の船越湾にもいることを示し、さらにその年輪の幅や化学組成の変化を調べることで過去にさかのぼった環境情報が明らかにできることを解説した。
 ギャラリー5 大槌町のまちづくりアイディア重ねマップ(松本担当、@東大のみ)
 東大教室@大槌で開催されている「空間の教室」という大槌町の人々との継続的なワークショップは、震災復興という自然との関わりの中での人間の生活・文化・経済の再構築という社会デザインの実践機会の場となっている。そこで蓄積された「まちづくりのアイディア」を描きこんだ地図を、大槌町の現在の写真を示しながら解説した。
 モバイル1 年代を測る −加速器質量分析計(尾嵜担当)
 本館に導入される加速器質量分析計の1/10模型を展示し、実際に測定資料を装填する部品に触れてもらった上で、放射性同位体である炭素14を測ることで、年代を決める装置であることを解説した。さらに、得られた年代をもとにした自然災害の周期性に関する研究などについても解説した。
 モバイル2 海外学術調査 −南米アンデスの研究史(鶴見担当)
 東京大学のグループによる長年にわたる南米アンデス地域の発掘調査の代表的な成果である二つの「交差した手」のレプリカを展示し、東大グループの果たしたアンデス考古学における輝かしい貢献を解説した。また、ペルー原産で本来食用の家畜であったモルモットのはく製も展示し、アンデスの伝統的な資源が低コレステロールの肉質により現在注目されていることも示した。
 モバイル3 石器の使い方−ミクロ痕跡の分析(佐野担当)
 およそ260万年前にアフリカで製作され始めた石器は人類の進化とともにその製作・使用技術が発展してきた。東北地方の縄文時代の遺跡から出土した石器を手に取り、多様な形態的特徴を観察するとともに金属顕微鏡で石器に残された使用痕跡を観察し、石器の使用法を明らかにする方法について解説した。
 モバイル4 動物のホネからたどる進化の歴史(小薮担当)
 古くから大槌とゆかりのあるイルカやクジラの骨格標本や、大槌の湧水に生息するイトヨの染色標本など含む多くの標本について観察してもらい、多種多様な形状があることを理解してもらった上で、その形状が個々の動物の生態が強く反映されたものであることを解説し、さらに、それらを系統的にとらえた動物の進化の歴史や適応についても解説した。
 モバイル5 恐竜研究の根本と先端(服部担当)
 岩手県では日本で初めて恐竜類の化石が発見され、その後も華々しい発掘成果が上がっている。発掘された化石は適切な剖出作業を行うことで初めて研究・分析される標本となる。発掘調査の際に使用される道具や現地の写真などとともに現在進行中の研究に使用している標本を展示し、各標本の由来や形態的特徴などの解説のもと、実際の観察作業を体験してもらった。

@大槌(於 岩手県大槌町・大槌町中央公民館、2014年10月4日)
 大槌町では、大槌文化ハウスの開設後、東大教室@大槌と題しての講義が定期的に行われており、そこでは標本や資料を持ち込んだ形での講義も行われている。今回のハンズオン・ギャラリーでは、さらに多くの標本や資料、器具を持ち込み、参加者がそれらを手に取ることで先端科学的な取り組みを体感してもらうことに重点を置いた(図3)。
 それぞれのギャラリーや展示で大槌や東北地方ゆかりの標本や資料あるいは題材を取り上げることで、東京大学における先端科学的な取り組みをより身近なものとして体感してもらうことを目指した。当地の標本などを中心に置いたギャラリーと、東京大学総合研究博物館に収蔵されている国内外の資料を展示するギャラリーを設けることで、多岐にわたるテーマの中から来場者の興味を掘り下げていくことができた。参加者は60人にのぼり、標本や資料、器具などを用いたハンズオンという体感型イベントとして、一定の成果が得られたのではないかと思う。
 特に、ブータンシボリアゲハの標本展示はその鮮やかな姿で参加者を魅了しただけでなく、被災地における展示が実現したことで、ブータン国王陛下から込められた被災地への想いを伝える一つの役割を僅かながらも果たしたのではないだろうか。

@東大(於 小石川分館、2014年11月22日)
 小石川分館での開催では、明確な制限時間を設けなかったことで、それぞれのギャラリーや展示において長時間熱心に解説を聞いたりする参加者が見られた上に、事前申し込みのなかった一般の来館者も混じって盛り上がりを見せた(図4)。ただし、大槌を含めた被災地の今を研究者の視点で捉え伝えるという課題に関しては、標本や資料が十分ではなかったために、ギャラリーを通じて満足に表現できたとは言いがたい。その点において、東大教室@大槌で「空間の教室」として行われてきたワークショップの成果をまとめた「大槌町のまちづくりアイディアかさねマップ」は大槌町の写真と合わせて、被災地の今を伝える重要なギャラリーであったと思う。
 そして、最後に、大槌町生涯学習課の佐々木健課長に特別講義をお願いした(図5)。我々、研究者の目を通して見た大槌ではなく、被災地において復興そのものに携わる現場の人の話として、より現実的な取り組みをお話しいただいた。被災後の調査などにより明らかとなった大槌町の文化的な資産を守ることと人々の生活を守る防災を考えたまちづくりとのバランスをどのように取っていくのか、震災復興の進め方を考えさせられる、とても貴重な話であった。被災地支援を改めて考えてもらうことを一つの課題とした本イベントの締めを飾る、理想的な講義だったと思う。

イベントを終えて
 大槌町、小石川分館での両開催とも事前応募は必ずしも多くはなかったが、最終的に、大槌町では60人余り、小石川分館では30人余りと多くの参加者を集めることができた。小石川分館ではイベントとは関係のなく来館された方もいくつかのギャラリーや展示を見学しており、計上できていない方々を含めた実質的な参加者はもっと多かったと思われる。また、大槌町での開催は初めてことであったにも関わらず、これほどの参加者があったことは復興の最中にある大槌町でこのような研究成果発信のイベントが少なからず求められていることを反映しているであろう。アンケートの回答でもこういったイベントに初めて参加されたという方が多く、同様なイベントの開催を望む声が多くあった。今後、大槌町を含めた博物館外でのイベント開催を積極的に考えてもよいのかもしれない。
 大槌町、小石川分館での開催回ともに児童・生徒の参加者は少なく、若年層への訴求ができていないことが明確に表れている。大槌では、貴重な標本や資料を直接取り扱うということが逆に小さな子供の参加を躊躇させてしまったところもあった。これまでの夏休みに開催してきたものを10月に大槌、11月に東京の開催としたことも児童・生徒の参加が少なかった一つの要因であると思われる。
 また、10個ものギャラリーおよび展示で1日の集中開催としたことで、イベント内容の焦点があいまいなものとなってしまい、細かな説明が書かれたチラシ以外の広報はイベントの内容がわかりづらいものとなってしまったようだ。それでも、参加者からの評価は決して低くなく、集客の成否は効果的な広報なのだろう。ターゲットとする年齢層の絞りこみやそれに合わせた内容や開催方式の設定は悩ましいところで、今後の開催にあたっては熟慮が必要であろう。

 最後に、本イベントの開催にあたって、多大なご協力をいただいた大槌町生涯学習課の佐々木健氏と北村敏雄氏、並びに関係者の皆様に厚くお礼を申し上げたい。また、バークレイズ・グループ、新日鉄興和不動産株式会社からはご支援をいただいた。ここに記して、感謝申し上げる。

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図1 大槌中央公民館から見下ろした大槌の街.

図2 被災地で初の展示となったブータンシボリアゲハの標本展示.

図3 大槌町での開催の様子.

図4 小石川分館での開催の様子.

図5 大槌町佐々木健氏の特別講義.